第二十六章 仮面の沈黙
高宮は椅子に腰を下ろし、深く息をついた。
掌はまだじんじんと熱を帯び、打ちつけた頬の感触が残っている。
目の前の少年は、再び力なく項垂れていた。
「……効き目が遅れて出てきただけだ。問題ない」
そう呟き、独り言のように納得しようとする。だが、その心臓は異様に速く脈打っていた。
少年は瞼を重く閉じ、浅い呼吸を繰り返していた。
だが意識は鮮明だった。
――効きは確かにある。でも、眠気を装えば、相手は“管理できている”と錯覚する。
部屋の隅の赤いランプが小さく点滅していた。監視カメラのインジケータだ。
少年は視線を上げずに、視界の端で確認する。
――あれは旧式だ。録画はされるが、リアルタイムで監視しているのは高宮一人のはず。
身体を動かさず、わずかな筋肉の震えだけで縄の緩みを確かめる。
きつく縛られているが、高宮は焦りのあまり、最後の結びを雑にしていた。
――片手なら、数分あれば抜ける。だが今はまだ時期じゃない。
「……ふ、ふふ……」
わざと浅く笑いを漏らす。
高宮の眉がぴくりと動き、警戒するようにこちらを見た。
「……何がおかしい」
少年は返事をしなかった。代わりに、頭をぐらりと垂れ、口元から涎を垂らす。
演技だった。
高宮はモニターを覗き込み、安堵の息をつく。
「やはり効いている……俺の支配下だ」
――その一瞬。
少年は心の中で小さく呟いた。
支配下にあると思わせること。それが僕の武器だ。
監視は絶対ではない。
相手の思い込みと油断、その隙間にこそ出口がある。
少年は再び沈黙を装いながら、冷徹に次の一手を組み立てていた。




