第二十五章 沈黙の中の声
高宮は荒い呼吸のまま、注射器を机に叩きつけた。
針先から液体が一滴、冷たい光を反射して落ちる。
椅子に縛られた少年は、頭を垂れ、今にも意識を失ったように見えた。
「……これで終わりだ」
高宮はそう呟き、自分に言い聞かせるように頷いた。
しかし、数分の沈黙の後。
少年の唇が、かすかに震えた。
「……効き目、弱いね」
その声は、眠気に包まれたようにゆっくりだが、確かに意識がある。
高宮の背筋に冷たいものが走る。
「……馬鹿な、規定量の二倍を投与したはずだ」
「知ってたよ」
少年は顔を上げた。瞳の焦点は揺らぎ、まぶたは重そうだ。だが、その奥には鋭い光が宿っていた。
「僕の体重なら、代謝速度を考えれば……せいぜい三十分だろうって。だから、半日前から少しずつ水を多めに飲んでた。体内濃度を下げるために」
高宮の胸が締め付けられる。
自分が「絶対の支配」と信じた薬物さえも、少年には計算されていた。
「……小僧が」
怒鳴りつけようとしたが、声はわずかに掠れていた。
少年はかすかに笑った。
「あなたは、僕を『人形』にしたつもりなんだろう? でも……本当は、あなたが僕の観察対象だよ」
監視カメラの存在、拘束具の位置、薬の種類。
少年はすべてを冷静に記憶していた。その観察眼は、いじめられた経験を持つ高宮自身がかつて培った「生き延びるための術」に酷似していた。
「……黙れ! 黙れぇ!」
高宮は椅子を蹴り飛ばすように踏み寄り、少年の頬を平手で打った。
乾いた音が実験室に響く。しかし少年は笑みを崩さない。
「暴力に走るのは、論理で負けを認めた証拠だ」
その一言が、高宮の理性をまた削り取った。
怒りで手が震える。だが同時に――胸の奥に「恐怖」に似た感情が芽生え始めていた。
「……俺が負けるはずがない」
独り言のように呟いたその声に、確信はなかった。




