第二十四章 暴走の兆し
モニターの前に座る高宮の顔は、いつになく険しかった。
少年の言葉に反応してはいけないと分かっている。だが、気づけば血管が浮き上がるほど拳を握りしめ、奥歯を噛みしめていた。
「……このままでは、また舐められる」
独り言のように呟いた声は、かすれて低い。
自分が心理戦に巻き込まれかけている。それを認めることが何よりも屈辱だった。
高宮は立ち上がり、壁際の棚を開いた。そこには試験管やアンプルが整然と並べられている。
精神安定剤、鎮静剤、筋弛緩剤……研究用として集めた薬物は豊富にあった。
通常なら倫理審査を経て使用されるべき薬剤も、ここでは高宮の独断で投与できる。
「心理戦? ならば身体を完全に制御すればよい」
ステンレスのトレイに注射器を並べながら、高宮の口元がわずかに歪んだ。
鎮静剤で思考を鈍らせ、筋弛緩剤で反抗できない体にする。
それこそが「完璧な管理」だ。
監視室を出て実験室に入ると、少年が椅子に縛られたままこちらを見ていた。
怯えた表情はない。むしろ、興味深げに観察しているような目だった。
「……また何かするんですか?」
少年の声は、わずかに挑発を含んでいた。
「黙れ」
高宮は低く唸るように言い放ち、トレイを金属台に置いた。
注射器に透明な液体を吸い上げる音が部屋に響く。
少年の表情がわずかに曇った。だがすぐに唇の端を持ち上げる。
「薬に頼るんですね。僕を押さえ込むのに、あなたの頭脳だけじゃ足りないってことか」
その一言で、高宮の動きが一瞬止まった。
だが、すぐに逆上したように注射器を強く握り直し、少年の腕を乱暴に掴む。
「お前の口を封じてやる」
針が皮膚に触れた瞬間、少年は冷静に言った。
「……それで、本当に安心できるの?」
高宮の手が震えた。
注射を打ち込めば、確かに少年は大人しくなるだろう。
しかし、それは「心理戦からの逃亡」でもあった。
己が自分で敗北を認めることになる――。
「黙れ!」
感情に任せ、高宮は針を刺した。
透明な液体が少年の血管に流れ込んでいく。
少年の体が小さく痙攣し、やがて力が抜けていった。
拘束されたまま項垂れる少年を見下ろしながら、高宮は荒い呼吸を繰り返す。
「……これで、お前は俺の人形だ」
だが、その時。
椅子に垂れた少年の唇が、わずかに動いた。
「……人形に話しかける人間ほど、孤独なものはないんだよ」
高宮の心臓が跳ねた。
完全に効いているはずの薬の中で、少年はまだ笑っていた。




