第二十章 揺さぶりの応酬
翌日の朝、少年の部屋に入ってきた高宮は、いつもと違う表情をしていた。
冷静さをまといながらも、その眼差しはどこか挑発的で、静かな獲物を観察する捕食者のそれに似ていた。
「昨日の話だが――」
高宮は食事をテーブルに置くと、わざと間をあけて続けた。
「夢で見たと言っていたな。私の過去を」
少年は視線を合わせる。
「そう。まるで誰かが植えつけたみたいに、鮮明だった」
高宮は薄く笑った。
「それならば、今夜は試してみよう。私の過去を“もっと具体的に”語ってみろ。どんな場面を見たのか。何を聞いたのか。……それで、本当に君が夢を見たのか、それとも嘘をついているのか、わかる」
挑発だった。
だが少年は怯まずに答えた。
「例えば……廊下の突き当たりのロッカーに押し込まれて、閉じ込められたことがあるだろう? 内側から叩いても誰も助けてくれなかった」
高宮の口元から笑みが消えた。
わずかに拳が震え、机の縁を叩く音が室内に響く。
「……偶然にしては出来すぎている」
「偶然じゃない。僕の中にある“何か”が教えているんだ」
少年はゆっくりと笑みを浮かべた。
「先生、もしかして僕の存在そのものが、先生の記憶から作られているんじゃないの?」
高宮は少年を睨みつけたが、その目は鋭さと同時に恐怖を帯びていた。
「なら、こうしよう」
彼は立ち上がり、机の引き出しから小型のレコーダーを取り出した。
「今から君の言葉を録音する。君が私の過去をどこまで語れるか、全部残してやる。そして証拠として突きつけてやる」
――証拠?
少年はその言葉の裏にある、焦りと不安を嗅ぎ取った。
「いいよ、録音すれば? でも先生、思い出すたびに苦しいのは先生自身じゃないかな」
静寂。
時計の針の音がやけに大きく響く。
高宮はやがてレコーダーのスイッチを押した。
「さあ、話せ」
少年は口を開いた。
「体育館の裏で、三人に囲まれた日のこと。あの日、君は必死に笑いをこらえていた。泣いたら、もっと酷くされるってわかってたから」
その瞬間、高宮の顔から血の気が引いた。
吐き気を堪えるように口を押さえ、思わずレコーダーを床に落とす。
少年は静かに囁いた。
「ほら、やっぱり僕の言葉は、先生の心を抉るだろう?」
床に落ちたレコーダーは、まだ赤いランプを点滅させていた。
――心理戦の主導権は、完全に少年へと傾きつつあった。




