第十九章 囚われの心理戦
監視カメラの赤い点滅は、夜も昼も絶え間なく少年を見張っていた。
廊下に響く足音の主が誰なのか、もう考える必要もない。すべてが高宮の目の下にあった。
――真正面からは勝てない。ならば、揺さぶる。
少年はそう腹を決めた。
翌朝、食事を運んできた高宮に、わざとらしく笑みを向けた。
「先生、昨日の夢に出てきたんだ。中学生のときの君が」
高宮の動きが一瞬止まった。皿をテーブルに置く音が、普段よりも大きく響いた。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。僕は知らないはずなのに、なぜか“君がいじめられていた場面”を夢で見たんだ」
高宮は少年の顔をじっと見つめた。
その眼差しには、警戒と戸惑いが交じっていた。
「偶然だ」
「偶然にしては細かすぎる夢だった。教室の匂い、机の落書き、笑っていた顔……僕には知らないはずの記憶があった」
少年は言葉を選びながら、淡々と続けた。
「ねえ、先生。僕って……本当に“僕”なのかな?」
高宮の喉がごくりと鳴った。
すぐに取り繕おうとするが、声はかすかに震えていた。
「くだらん。そんな妄想は薬を飲めば消える」
「薬じゃなくて、先生の心に効く答えが欲しいんだ」
少年はテーブルに肘をつき、まるで友人に秘密を打ち明けるような口調で続けた。
「僕が何者かを知るのは、先生だけだ。だから……答えてくれないと、僕は“違う方法”で探し始めるかもしれない」
その言葉に高宮の眉が動いた。
「違う方法?」
「例えば……先生が寝ている間に、机の引き出しを漁るとか」
高宮はすぐさま反発しようとしたが、少年の言葉は既に心に小さな棘を残していた。
彼は立ち上がり、無理に会話を終わらせるように部屋を出て行った。
扉が閉じた後、少年は深く息を吐いた。
――効いた。少なくとも、心にひびは入った。
一方、書斎に戻った高宮は、しばらく椅子に腰を下ろしたまま動けなかった。
少年の言葉が、過去の傷を容赦なく突き破ってきたからだ。
「……なぜ、知っている?」
独り言のように呟いた声は、確かに怯えていた。
心理戦の第一歩は、確かに成功していた。
しかし同時に、それは高宮を追い詰めるだけでなく、彼の中の狂気をさらに呼び覚ましつつあった。




