第十七章 嗅ぎつけた影
その夜、高宮は眠りから覚めた。
胸の奥に、嫌なざわめきが残っていた。
夢の中で、自分の過去を少年が勝手に覗き込む姿を見たような気がした。
悪夢だと頭では分かっていても、直感的に「何かを探られた」と確信していた。
ゆっくりと身を起こし、枕元の水を飲む。
すると机の上に置いたはずのファイルの角度が微妙に変わっているのに気づいた。
几帳面な自分の性分をよく知っている。置き方まで記憶しているのだ。
「……やはり覗いたか」
喉の奥で低く呟く。
少年は成長と共に、単なる実験対象ではなく、自我と疑念を持ち始めている。
それ自体は予測していた。だが、問題は――覗いた先に「西条正志」という名があったことだ。
高宮は背筋を凍らせる。
もし少年がネットで検索すれば、今の西条の姿など容易に見つかるだろう。
あの男がまだ存命で、地域社会で人望を得ていることも。
「いけない……接触だけは」
過去と現在が交われば、計画は崩壊する。
自分の復讐の舞台は、あくまでも「閉じた実験室」の中で完成させなければならないのだ。
外の世界に漏れれば、研究も秘密も、すべて瓦解する。
そのとき、廊下を歩く軽い足音がした。
夜中に動き回るのは少年しかいない。
高宮は静かにベッドから降り、薄暗い廊下へ出た。
すると、端の部屋から青白い光が漏れていた。
忍び足で近づき、扉の隙間から覗くと、少年がモニターに顔を近づけて何かを見ていた。
画面には――間違いなく「西条正志」の笑顔が映っていた。
商工会の紹介ページ。
高宮のこめかみが脈打つ。
「やはり……!」
思わず扉を開けると、少年は肩をびくりと震わせ、慌てて画面を閉じた。
「な、何してるの……?」
声は震えていたが、その瞳には恐怖よりも挑むような色があった。
高宮は一歩ずつ近づき、低い声で言った。
「君が何を探していたか、私は分かっている。だが、それは決して触れてはならん領域だ」
少年は唇を噛んだ。
「どうして? あの人が“元”なんだろう? 僕が生まれた理由も、全部そこにあるんじゃないのか?」
その言葉に、高宮の胸がざわついた。
冷静さを装いつつも、かつて中学の教室で浴びせられた嘲笑と罵声が蘇る。
「君には理解できない。あれは私の過去であり、私だけの復讐だ。君は……余計なことを考える必要はない」
「僕の存在に関わることなのに?」
少年の声には怒りと哀しみが滲んでいた。
高宮は一瞬、言葉を詰まらせた。
だが次の瞬間、冷徹な目を取り戻し、少年の肩を強く掴んだ。
「二度とあの名を調べるな。いいか、外に出ることも許さん」
少年は反射的に身を引いたが、その眼差しには反抗の光が宿っていた。
「……僕はもう、あなたの操り人形じゃない」
その一言が高宮の胸を深く抉った。
怒りか、恐怖か、自分でも判別できぬ感情が渦巻く。
だが今は、少年を押さえ込むしかない。
高宮は強引に端末の電源コードを引き抜き、暗闇の中に少年を残して部屋を出た。
廊下に出た瞬間、彼の背中に冷たい汗が流れていた。
「……急がねばならん」
少年が暴走する前に、自らの復讐を完成させる必要がある。
過去と現在が結びつく前に――。




