第百四章 暗渠の影
都市の地下配管は、ただの水路やガス管ではなかった。
老朽化した部分を補修する際に、旧軍施設の通路や企業の私設回線と結びつき、複雑な迷路を形成している。
少年は、その暗渠を地図アプリにも載らない断片的な資料と、自分の勘だけを頼りに進んでいた。
壁は水滴に濡れ、湿った空気が肺に重く沈む。
足音は、何重にも反響して自分の位置を晒すかのようだ。
時折、頭上を走る地下鉄の振動が、全身を震わせた。
――ここを抜ければ、転送先のサーバを管理している“別勢力”の拠点に近い。
仲間が命を懸けて開いた道。無駄にするわけにはいかない。
だが、闇の奥から聞こえたのは、自分の足音ではなかった。
乾いた靴音。複数。リズムが揃っている。
訓練を受けた集団の歩調だとすぐに分かった。
少年は呼吸を殺し、壁際に身を寄せる。
数秒後、暗闇に浮かんだのは、赤外線ゴーグルの赤い光点だった。
黒い装備に身を包んだ影――民間軍事企業の傭兵部隊。
口元のマイクが小さく作動音を漏らす。
「……確認。目標の残滓、地下配管に移動中。包囲網を縮める」
敵はすでに少年の存在を察知していた。
息が詰まる。
ここで捕まれば、仲間の死も、戦いの意味も、すべてが消える。
少年は静かに端末を操作し、周囲の配線に干渉を試みた。
古い回線の一部に高圧が残っている。
ショートさせれば、一時的に照明や機器を狂わせられるはず――。
次の瞬間、地下空間に稲光のような火花が走り、敵のゴーグルが一斉にノイズを帯びた。
「視界が……っ!」
混乱する傭兵たち。
少年は、その一瞬の隙を突いてさらに奥へと走り出した。
だが、敵勢力は完全に諦めてはいない。
この先の地下拠点で、必ず待ち構えているだろう。
――地下ネットワークの奥で、次に待つのは交渉か、戦闘か。




