第九章 従属の装置
暴力の衝突から数日が経った。実験棟は静かに見えたが、空気の重さは以前とは比べものにならなかった。少年は口数が減り、食事も最低限しか口にしなくなった。高宮の前では無言で座り、視線を逸らしたまま過ごす。表面上は従っているように見えるが、その奥に潜む敵意は隠しようがなかった。
高宮は毎晩、研究室のデスクで震える手を抑えながら記録をつけた。
――対象は支配に対し明確な反抗を示す。今後の関係維持には「心理的操作」だけでは不十分。
――外界への渇望は強固であり、単なる教育では制御できない。
――従属を強制する「物理的手段」の導入を検討。
そう書いた行の下に、彼は一つの単語を太字で記した。
――拘束器具。
その夜、彼は物置の奥に眠っていた金属製の手錠、革製のベルト、旧式の監視装置を取り出した。すべて過去の研究で使った残骸であり、実用には程遠いものだった。それでも彼にとっては「武器」に見えた。
翌日の午後、少年は再び「外に出たい」と訴えた。声は震えていたが、目だけは真っ直ぐだった。
「ここにいるのはもう嫌だ。友達が欲しい。普通に学校に行きたい」
高宮は一瞬、心を揺さぶられた。だが次の瞬間、過去の記憶が脳裏をよぎる。校庭で浴びせられた嘲笑、殴打、あの少年の冷笑。その全てが蘇り、彼の理性を吹き飛ばした。
「お前は自由を望む資格がない!」
怒声と同時に、彼は手にしていた革ベルトを振り下ろした。机に手首を縛り付け、金属音を響かせながら手錠をはめる。少年は必死に暴れたが、力では勝てない。椅子に押し倒され、体を拘束された。
「やめて!パパ、やめて!」
涙混じりの声が響いたが、高宮の耳には届かない。
「これは実験だ。従属を確立するための処置だ。お前は被験体だ、私の計画の一部だ!」
少年の目から光が消え、やがて硬直した。だが沈黙の奥で燃える何かを高宮は感じた。それは恐怖ではなく、むしろ冷たく澄んだ憎悪だった。
その夜、高宮は記録ノートに震える字で書き残した。
――「従属のための拘束を開始。対象は表面上の抵抗を止めた。しかし眼差しに敵意が宿る」
――「今後は服従を可視化するプログラムが必要」
ペンを置いたとき、背筋に冷たい汗が流れた。机の上には少年の視線が刺さるように残っていた。あの目は、過去のいじめっ子が持っていたのと同じだった。
午前二時、研究室の扉を開けると、廊下に影が立っていた。拘束されたはずの少年が、無言でこちらを見ている。手首にはまだ赤い痕が残っていたが、手錠は外れていた。
「……どうやって」
高宮が息を呑んだ瞬間、少年の口角がわずかに上がった。
「パパは僕を縛れない」
その声は幼いものではなく、冷徹な宣告のように響いた。




