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双剣戦記 -泡沫の揺籃-  作者: 八刀皿 日音
四章  泡沫の夢。人の夢

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2.深奥の揺籃


 ――初めのうちは、薄く、霞のように辺りを漂う程度だった霧。

 しかしそれは、霊園を奥へと進むにつれて少しずつ濃度を増し、気付けば20メートル先も満足に見通せないほどになっていた。

 一般的には薄気味悪さや不吉さを助長する要素だが、ここにあっては、むしろ霊妙で荘厳な気配を引き立てるものだった。本能が何かを察するのか、視界が悪くなるにつれ、沈黙をあえて音にしたような、静かで甲高い耳鳴りが尾を引き、緊張感が否応なく高まる。

 ミルドアークの一団は、皆が皆、必要以上に押し黙っていて、まるでこの空間そのものに遠慮しているかのようだった。

 土を踏みしめ草を分けるかすかな物音さえも、どこか雑音めいて耳につく。

 そしてそういった厳かな緊張は、兵士たちはもとより、経験豊富で剛胆なカロンでさえも完全に払拭できるものではなかった。――いや、かえってその経験に基づく確かな第六感があるからこそ、近付く『何か』の重々しさを、誰より悟っているのかも知れない。

(いよいよ、かな)

 カロンは何に因るものでもない勘で、ユタンの目指す深奥が近いことを感じていた。

(さて……どうする)

 彼がついと視線を向けたその先――ユタンのかたわらには、うつむき加減に歩く者がいる。

 黙々と歩く理由が、おそらく他の誰とも違う、悲痛な面持ちの少女――ピュティアだ。

 ようやく実際にピュティアと会えたカロンとしては、色々と聞きたいこともあったし、自分はアルファートの師で敵ではないということを伝えて安心させてもやりたいところだった。しかし、ユタンの側にあっては不信感を抱かせる要素になるため、いまだ、どちらも実行に移すことはできずにいる。

(……いざ行動を起こすとき、この子自身の協力を得るためには、僕が味方だってことを理解しておいてもらうのが一番なんだけど……)

 その後も、ユタンのスキを狙って何とか会話できないかと思案しつつ、隊列に混じって、神殿に続く参道のような、整った石敷きの道を進むカロン。

 しかし、その時間もそう長くは続かなかった。

「……着いたぞ」

 先を行くユタンが、鬱蒼と道に覆い被さっていた木々が途絶えたところで、誰にともなくそうつぶやいて立ち止まったのだ。

 たどり着いたのは、これまでとは打って変わって、非常に大きく広がる場所だった。

 立ちこめる深い霧の中、かすかな水音に目を落とせば、水際が左右どこまでも広がっており――誰もが、見通せたなら、そこにあるのは海のように果てなく広大な湖だろうと考える。

 しかしそれは、間違いではないが、厳密に正解とはとてもいえないものだった。

 なおも足を進めた一団が見たのは、霧の中にそびえ立つ『水そのもの』だったのだ。

 下から吹き上がっているわけでも、凍り付いているわけでもない。流れも何もないただただ自然なあるがままの水が、湖の中から迫り上がり、見上げるばかりの巨大な半球を形作っていたのである。

「これが……その厄災とやら、ですか?」

 貌霊(マナス)を利用すれば、真言(スペル)を使うなりして霧を見晴るかすこともできたのだろう。しかし、欠素者(フロード)ゆえにそれは叶わず、自らの目を見張るカロン。

「いや。言うなればこれは、揺籃(ゆりかご)、といったところだ」

 カロンの問いに答えながら、半球形の水面へと、ピュティアを引き連れて近付くユタン。

 その先には、まるで玄関口へ至る小径のように、岸辺から浅瀬を通って半球の水面へと続く飛び石があった。

 その寸前で足を止めた彼は、何かを探しているのか、周囲を大きく見渡す。

「ここが入り口へ通じているのだろうが、他にも何か仕掛けのようなものがあるかも知れん。まずは周辺を綿密に調べてから――」

 居並んだ部下の兵士たちに、そう指示を出しかけていたユタンだが、飛び石を挟んだ反対側の霧の中に、複数の人影が浮かび上がるのに気付くと、「ほう」と声を上げる。霧になかば隠れたその顔が浮かべていたのは、驚きどころか、密やかな笑みだった。

 やがて、湿った土を蹴立てる軍靴の無粋な足音が場の静寂を大きく切り裂き――不穏な気配を感じて身構えるミルドアーク聖礼軍一団の前に、同じく武装した一団が姿を現す。

 アザンティ王国の兵士たちだった。

「これはこれは……珍客が訪れたようだ」

 極秘任務を受けて潜ってきた未踏の遺跡の奥で、よもや一番の敵対国の軍隊と鉢合わせするなどとは夢にも思わなかったのだろう。にわかに色めき、ざわめき立つ部下の兵士とは対照的に、余裕をもつユタンは状況を楽しんでいるようにすら見える。

 そしてその構図は、そのまま相手側にも当てはまっていた。

「ミルドアーク聖礼軍とは……めずらしい先客がいたものだな」

 アザンティの一団の中から、ユタンと同じく小柄な人物を引き連れた若い男が、緊張を高める部下を差し置き、ユタンの前へと進み出る。オルフェだった。

「これはこれは。初めてお目にかかるな……私はミルドアーク教国ロエル伯爵家当主、ユタンだ」

「――丁重な挨拶痛み入る、ロエル伯爵。私はアザンティ王国はイレンス子爵家当主、オルフェ」

(彼が、書簡でやり取りがあったという、アザンティ側の……。

 なるほど、この二人、見比べれば……。やはりそうなのか……)

 兵士たちとは別種の緊張をもって、カロンは二人の貴族を注意して見比べる。

 彼の依頼主の要望は、この最深部に存在するものの入手だが、そもそも彼はそれが厄災と称するほど危険極まりないものであるなら当然のこと、仮にそうでなくても、要望通りに持ち帰る気などさらさらなかった。

 だが、だからといって適当な調査で切り上げたりすれば、かえって後日あらためて調査にやって来るだろうロシュリムの手に秘宝が渡る可能性が高くなる上、重大な裏切りと見なされ、後々自分とアルファートの身に危険が降りかかるのは明白だ。

 だからこそ、可能ならば最後の最後、土壇場で、どさくさにまぎれて秘宝を破壊、あるいはこの先、決して人の手に渡らないよう葬り去るため、ここまで邪魔をすることなくユタンを監視していたのだ。

 しかし――

(秘宝とはすなわち厄災であり、解放がそのまま被害に繋がるのなら……あの水の半球に彼らをこれ以上近付けるわけにはいかない。

 けれどそうでなければ、ここでヘタに動くと、肝心かなめの核心に至る情報が手に入れられないどころか、ロシュリムの再介入を招き、最悪、彼らの手にその秘宝が渡ることになる。どうする――?)

 葛藤をおくびにも出さず、迷うこと一瞬――。

 動くのはやはり今だと決断し、カロンが双剣の柄にそっと手をかけた刹那。

 ユタンが振り返りざまに発した鋭い声が、その機先を制した。

「総員、カロン・マティウスを捕らえろ! その男がアザンティを手引きした密偵だ!」

「――っ!」

 あらかじめ言い含められていたのだろう、即座に反応した一人の兵士が、体ごと投げ出してなかば捨て身に近い形でカロンを取り押さえにかかる。そのため、それをさばくわずかな間、カロンの対応が遅れた。

 さらに、そうして一人が率先して動くことによって、ユタンの指示に多少なりと疑念を抱いた者も、反射的にそれに続くことになり、最初の一人が生み出したスキを使って、残るほとんどの兵士がカロンの突破の機会を封じて取り囲んでいた。その上、

「彼は我らにとって重要なものを握っている! ミルドアークの手に渡すな!」

 さしたる間を置かず、今度はオルフェが部下にそう号令をかける。

 さすがにこちらも、指示を受けた兵士たちは突然のことに一瞬は戸惑うが、そもそもが相手は物心つく前から敵視していた国の兵士であるし、その敵が、一緒にいたはずの人間に襲いかかっている光景を見るにつけ納得がいったのだろう。最も血気にはやる者一人を先頭に、雪崩を打って突撃する。

 そうして、両軍の間でかろうじて保たれていた緊張状態は、ほんのわずかの間にあっさりと破れ、カロンを中心に、総勢数十人が入り乱れての乱戦が開始された。

「くっ……!」

 やられた――と歯噛みするカロンの行く手に、両国それぞれの、双方への呪いの言葉が渦巻く戦闘そのものが壁となって立ちはだかる。

 その真っ直中で彼があがくうちに、

「――さらばだ、剣聖殿」

 乱戦の向こうであがくカロンに一瞥をくれたユタンと、オルフェ、そして二人のピュティアは飛び石を渡り、まるで一行を迎え入れるように左右に割れた水の壁を抜けて、水球の内へ――揺籃へと踏み入っていった。





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