7.欠素者
――池の水に代わって、砂に彩られた庭園は、ようやく静寂を取り戻していた。
しかし、美しくすらあったその光景は、文字通り累々と場を埋め尽くすほどに並んだ、ミミズのような魔物の死骸によって、まったく別のものに様変わりしていた。
一体どれだけの数が砂の下に潜んでいたというのか――砂と魔物、今となってはどちらがどちらの下に埋まっていたのか分からなくなるほどで、さすがの精兵たちもこれだけの数を相手に長時間戦っては、疲れを隠せない様子だった。
ユタンは交代で周囲の警戒にあたらせつつ、全員に砂丘から離れて小休止を取るよう言い渡す。
「さすが、未踏の遺跡だけのことはあるな」
ユタンは手近な瓦礫に腰掛けると、部下から渡された水筒の水をあおった。
彼もまた額に玉のような汗を浮かべており、小休止を入れたのが決して部下のためだけではないことが窺える。
「ごもっとも。こいつらはもともと群れるものですが、これだけの数となると僕も初めて見ましたよ。大きさは普通よりやや小さい気もしますが、その代わり凶暴性と俊敏性はまるで別物でした。いまだ確認されてない亜種か、突然変異かのどちらかでしょうが……ともかく、なかなかにウマそうですよねえ」
「……美味そう? コイツらがか?」
何を言っている、とばかりにユタンが眉間に皺を寄せるも、カロンはからりとした笑顔で「もちろん」とうなずいていた。
「惜しむらくは、この種は痺れ毒をもっているので、そのまま生で、というのはさすがにムリなところですが……それでも焼くか揚げるかして、この青黒い血で作った、恐らくは苦みと渋みとえぐみにあふれるソースでいただけば……。
んー、想像するだけでよだれが出そうですねえ。……切れっぱしをちょっとばかり持って帰ろうかなあ……」
「……貴公、相当な悪食だったのだな……」
「ヤですねえ、弟子と同じことを言わないで下さいよ。僕はちょっとばかり、普通の人より美食家なだけですってば」
呆れたようなユタンに笑顔を返しながら、カロンも、ユタンと向き合うような場所にあった瓦礫に座り込んだ。
……結局、先の戦いで最も動き、最も多く魔物を斬り伏せたはずの彼だけがしかし、まるで疲れた様子を見せていなかった。
「しかし……貴公はさすがだな。かつての御前試合で一度その技を見てはいたが、やはり実戦となると次元が違う。罪賢戦争において一騎当千の活躍をした、伝説の剣聖……その二つ名は、決してダテではないようだ。
戦意高揚を目的とした宣伝の一種と考えていたが『その剣、神魔すら恐れ戦慄き息を呑む』――と、そう称されたというのもうなずける」
ユタンが言うとカロンは、子供のように露骨に顔をしかめた。
「ホメすぎなんですよ、それ……。そんな神話か伝説かって扱いされるほど歳を取った覚えもありませんしねえ……いや、実際もういい歳したオジサンではあるんですけども、心は少年のように若々しくを心がけていると言いますか……いや、ムリに若作りをしようとしているワケでもないんですよ? でもねえ、いいじゃないですか、まだ独身なんだし、ちょっとぐらい若い気持ちでいたって――ねえ?」
「う、む……そうだな。実際、貴公はまだ若い――のだ、いいのでは……ないか?」
カロンの勢いに気圧されるように、ユタンはかくんと首を縦に振った――この男に年齢を想起させるような話をするのは止めておかなければ、と心に留めながら。
一方カロンは、自らの気迫で引き出したようなユタンの台詞に、しかし充分気を良くしたらしく、「ですよねえ」と上機嫌に納得していた。
「しかし……さすがと言えば僕はあなたですね、伯爵。
貴族サマというのは大抵、見栄えのいい型通りの剣術を習得しているに過ぎない場合がほとんどですが……剣と槍を一度に使う、あの赤い貌霊を絡鎧したあなたの戦いぶりはまさに鬼神と讃えるにふさわしかった。――お見事です」
あらためてカロンが称賛を返すと、ユタンはかすかに相好を崩す。
「剣聖殿から褒め言葉を頂くとは、なかなか嬉しいものだ。だがそれならやはり、私のように貌霊に頼らずあれほどの動きができる貴公には、つくづく驚嘆させられる」
「まあ、『欠素者』だったからこそ今の僕がある、と。そんなところですか」
小さく肩をすくめるカロン。
――ユタンの言う通り、彼は生まれつき霊子界を認識できず、貌霊を扱えない『欠素者』と呼ばれる人々の一人だった。
欠素者は血統や民族に関係なく現れるため、一種の機能障害と考えられており、時と場所によっては他者に蔑まれ、迫害されてきたという経緯がある。だが近年では、カロン自身の英雄的な活躍や、迫害を是としない一部の国家の平等宣言などもあり、またそもそも外見で判断できるものでもないため、因習として根強く残る地域や一部の人間をのぞき、そういった不当な扱いは――少なくとも表向きは――ずいぶんと鳴りを潜めていた。
「しかし貴公の提案を受け入れ、こうして行動をともにしたのはやはり正解だったな。これだけの数の魔物を相手にして、死者が一人も出なかったのは貴公の助力によるところが大きい。
教王様よりお預かりした大切な精兵だ、できれば無事にお返ししたいからな」
ユタンは思い思いに休憩を取る兵士たちをぐるりと見回す。
そんな彼に、カロンは皮肉混じりに告げた。
「それなら、僕の弟子にも感謝してやって下さいな。彼がその気になっていれば、すでにあなたの部下は欠員だらけですよ?」
「……もっともだ。だが少年はその気に『ならない』のではなく、『なれない』のではないか? いかに腕が立とうとも、魔物ならともかく、同じ人の命を絶つにはある種の思い切りが必要だろう。
まして、追われる人間を、詳しい事情も分からぬうちに助けてしまうような、正義漢ともなればなおさらだ」
ユタンもまた軽い皮肉混じりの答えを返すが、カロンはそれに「ああ、なるほど」とわけ知り顔でうなずく。
「どうやらそこのところ、認識の相違があったようですね。
えー、あらためて言っておきますが……あの子は、必要とあらば人斬りもためらいませんよ? そうあれと教えましたし、実際人を斬った経験もありますから。
もし、まだあの子を甘く見てらっしゃるのなら、早々に力量を計り直すことをおすすめしますよ」
「……では、部下たちはこれまで、彼の情けで殺されずに済んでいるだけだ、と?」
「辛口に言えば。――ですので、今までそうだったからと言って、決して牙をむかないわけではない、牙がないわけではないと、そう留意しておいて下さい」
カロンの発言に、ユタンは不敵に笑う。
「しかし剣聖殿。そんな忠告を受けては、私も部下たちの安全のために、生かして捕らえろとは強く言えなくなるぞ? いざとなれば、害される前に殺さねばならない、とな」
カロンは、違う、とばかりに顔の前で手を振った。
「――逆ですよ。強く追い込めば牙をむくからこそ、なるべく穏便に、とお願いしているんです。無理に捕らえようとせず、見つけ次第、さっさと僕に役目を回していただければ、と」
「我が国の精鋭では、少年を捕らえるには役不足だ、ということか?」
「もちろん、そこまでは言いません。捕らえることは充分可能でしょう――が、しかし犠牲がゼロですむかとなると、そうとは言い切れない。
……僕はただ、あの子に無闇に人を斬るような真似はしてほしくありませんし、あなたの部下から不幸な犠牲者が出るようなことにもなってほしくないと、まあ、そう思っているだけなんですよ」
「……なるほど。私としては、その忠告、全面的に聞き入れたいところだが……部下にもメンツというものがあるからな。全員が全員、素直に私に従うかは――ん? なんだ」
自分を呼ぶ声に、ユタンは振り返る。
見れば兵士の一人が、片方の肩紐がちぎれたバックパックと、魔物の青黒い体液で汚れた短剣を持ってきていた。
「……剣聖殿、見ての通りだ。近くに落ちていたようだが……少年の物かな?」
「ええ。……間違いないですね」
「しかしバックパックの血痕から察するに、魔物に傷を負わされたようだが、肝心の薬がバックパックの中にあるということは――」
カロンの眉間に、わずかながら皺が寄った。
「……ええ。あの場では治療しているヒマなどなかったでしょうから……今頃は、痺れ毒が回って、動けなくなっているかも知れませんね」
「そういうことだな」
カロンとは対照的に微笑むや否や、ユタンは勢い良く立ち上がり、号令をかける。
「好機だ! 少年は魔物から毒を受け、行動に支障を来している可能性が高い! 先遣隊はただちに追跡を再開せよ! 本隊も負傷者の応急手当がすみ次第、すぐに後を追う!」




