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双剣戦記 -泡沫の揺籃-  作者: 八刀皿 日音
二章  思いが、路が、交わる遺都

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4.もう一つの目


 ――アザンティ王国内でも屈指の実力を誇る精強な兵士たちは、襲い来る魔物を、その数に惑わされることなく圧倒していた。

 兵士が、あるいはその貌霊(マナス)が――剣を、槍を振るうたびに、地下都市の上空を群れて飛び回る、巨大な蝙蝠に似た魔物は、青黒い血をまき散らして落下する。

 しかしそんな戦いの喧騒の中にあって、輪のように広がる兵士たちの中心――すっぽりとフードを被った小柄な人影だけは、何の動きも見せることなく、文字通り人形のようにただただ立ち尽くしていた。

「若様、魔物は逃走に入ったようです。追撃はいかがなさいますか?」

 指揮官でありながら、他の兵士に混じり一心に剣を振るっていたオルフェは、副官の報告を受け、あらためて周囲を警戒しつつ剣を収める。

 日頃から訓練は欠かさず、体力にもそれなりに自信はあるオルフェだったが、いざ気付いてみると、自身で驚くほどに呼吸が乱れていた。

 だが彼は、すぐにその理由に思い当たる。

 心の中でくすぶり続けるわだかまり――。自分で自分を何度も叱咤し、抑え込んできたそれを一時でも忘れようと、彼は戦いに没頭していたのだ。

 戦いに勝つためではなく、ただ動くために動いていたのなら、この疲労も決して不可解なものではなかった。

(この期に及んでまだ、私は……)

「――若様? お怪我でも?」

「あ、ああ、すまない。大丈夫だ。――そうだな、深追いする意味はないが、放っておいてまた襲われるのも厄介だ。一隊を使って追い散らしておけ」

 指示を受けた副官は、オルフェの様子に気を遣うのもそこそこに、すぐさま言に従って動き出す。

 大きく息をついて気分を落ち着けながら、数人の兵士が生き残りの魔物を追い立てにかかるさまを見、続いて静かに立ち尽くす小柄な人影に目をやったオルフェは、群れから離れて戻ってくる一匹の魔物に気が付いた。

「しつこい奴め――!」

 魔物の狙いが、まるで動きのない獲物――明らかに兵士たちよりも襲うのがたやすい、小柄な人影に向けられているのを悟ったオルフェは、収めたばかりの長剣を抜き放ちながら、他の兵士に先んじて走り出す。

「伏せろ!」

 オルフェの怒声にも、そして近付く脅威にも何ら驚くことなく、冷静に指示に従って座り込む人影。

 その頭上、覆い被さるように広げられた魔物の翼に刃を突き立てると、オルフェはそのまま地面に振り捨てる。

 翼を切り裂かれ、地に転がった魔物は、しばらく耳障りな断末魔の鳴き声を上げていたが、それも僅かのこと、やがてぐったりと動かなくなった。

「……大丈夫か」

 すぐ頭上で起こった荒事にも、やはり怯えるでも緊張するでもなく――人影はただ言われるまま、座り込んだまま、抑揚のない声でただ一言、「はい」と答える。

 それは、この場にはおおよそ似つかわしくない、幼い少女の声だった。

 そのまましばらく様子を見るも、ただじっと先の指示に忠実に、まるで動こうとしない少女に、オルフェは気遣うような響きをもった声をかける。

「………。もう、立ってもいいんだぞ」

 しかし、それにもただ「はい」とだけ答えて立ち上がる少女の様子は、やはりどこか無機質だった。

「申し訳ありませんオルフェ様! お怪我はありませんかっ?」

「大丈夫だ、問題ない。私も――『鍵』もな」

 不測の事態を受け、あわてて駆け寄ってきた兵士に手を挙げて応え、オルフェは少女の様子を確かめる。

 深く被ったフードの下には、人形を通り越し、まるで死人のごとく虚ろな表情があった。

「……哀れな……」

 誰にも――本人さえ口にしたかどうか判別できないほどに小さな声で、オルフェは、絞り出すようにたった一言、そうつぶやいていた。




             *


 ――サイメル西岸地区、大通りが幾重にも交わり、多くの露店が賑わいを見せる中央広場。

 日も傾き、気の早い露天商は早々と店を畳み始める中、いまだに商品を片付ける素振りも見せない露店の一つで、踊り子らしい薄衣をまとった若い女が足を止めた。

「おや、これはこれは……どうですお嬢さん、お一つ」

 露店の奥に座した主人の男が、ランプに火を入れながら、広げられた装飾品を薦める。

 一つ所に止まらず、さまざまな国や地域から集められたのだろう、多種多様なそれらの品は、宝石や貴金属による飾り付けはほとんどされておらず、宝飾品としての価値はないに等しかった。

 だが、民芸品として見るならば、名うての職人の手によるものなのだろう、いずれも見事な出来映えだ。

「そうね、ロシュリムのものには飽きているから、それ以外でいいのがあれば。

 ――で、調子はいかがかしら?」

 座り込んだ踊り子は装飾品をいくつか手に取り、何気ない調子で店主に問いかける。

「ええ……彼ならうまく潜り込みましたよ。顔が知られている中、どういう手段を取るのかと思いましたが……結局は、真っ正面から飄々と」

 呆れたと言わんばかりに、店主は小さく肩をすくめた。

「そう。でもまあ、むしろさすがと言うべきなのかしらね。

 まあ……向こうは向こうで、損得勘定の結果、何らかの利があると見て彼を受け入れたのでしょうけど」

 まるで品物についての批評でもするように、踊り子は手にした貝殻の首飾りを小さく掲げてみせる。

 対する店主の声のトーンが、やや下がった。

「ただ……厄介なこともあります。どうやら、彼の弟子の少年が騒動の中心に巻き込まれたようでして……『鍵』の逃亡の手助けをしているとか」

「あら。それはまた……困ったことになったものね。

 不確定要素の介入は、些少のものであれ、ときとして事態を想定から大きく外れたものにしてしまう……私たちとしても、もともと不透明な先行きが、さらに引っかき回されることになるのはつらいところだわ」

「ええ……まったく。帝母様にいかにご報告申し上げたものかと……」

「そうね……けれどまあ、あまり悲観的になることもないのではないかしら。考えようによっては、弟子が巻き込まれたことで、彼の意欲が高まったとみることもできるでしょうし。

 それに……帝母様のことだから、面白くなったとお笑いになるわ――きっと」

 踊り子は貝殻の首飾りを身につけながら、さもこんな風に、とばかりにあでやかに笑って見せた。

 それは形こそ笑顔であったが、しかし根本が完全に異なる、まったく別の表情だ。店主の背中を、ぞくりと冷たいものが走る。

「……報告は、すぐにも?」

 知らず溜まっていた唾を飲み込み、探るように店主がそう問うと、踊り子はすぐさま、「ええ」と肯定した。

「私の貌霊に、距離は意味を成さないもの。霊子界(アカシャ)を泳いで、ここと向こうを繋ぎ合わせる――私自身からすれば、ただそれだけのことなのだけれど。

 ……でもそうね、これが誰にでもできるなら、霊子界は世界中がやり取りする情報で氾濫することでしょうね」

「誰もが距離を無関係に連絡を取り合えるというのは、非常に便利な気がしますが……」

「そうね、便利でしょう。――でも私には、同時にそれはとても恐ろしいことに思える。そんなもの、およそ人ごときが正しい方向に御しきれるはずもないもの。

 ……それに、万が一にもそんなことになったら、私の希少価値がなくなってお払い箱にされてしまうわ。路頭に迷うのはゴメンよ」

 一瞬は真剣な表情を覗かせるものの、踊り子はすぐに両手を挙げておどけてみせる。

「まあ、とにかくわたしは、今回の報告で首が飛ばないかが気懸かりなんですが」

「安心なさいな。わざわざあなたをおとしめるような報告はしないわよ」

「申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いいたしますよ。

 ――ところで、東岸……アザンティ側の方はいかがでしたか?」

「ああ、あちらはこっちと違って穏やかなものよ。予測通りに事が動いてる。アザンティ国王周辺も、ミルドアークの教王同様、テメニア王家に伝わる秘宝の探索、という彼らの話を疑っていないわ。よほどうまく偽装したのか……いえ、あの暗愚どもが相手では、その必要すらないかしらね」

 そう言ってくすりと笑うと、踊り子は腰に下げたポーチから数枚の銀貨を取り出して、もとは首飾りがあった場所にそっと置いた。

 店主はありきたりな礼を述べて頭を下げる。

「さて……いったい、彼らは何を受け継ぎ、何を求めているのかしらね。私は私で、もう少し探ってみることにするわ。

 ――それじゃ、また。良い品をありがとう」

 小さく手を振って、踊り子は露店から離れ、昼間よりはよほど少ないが、それでも流れを作るほどには行き交う、多くの人々の中に紛れ込んでいった。





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