3.追跡者たち
地下の廃都へと続く階段――すでに封印の解かれたその路には、ミルドアーク教国兵も難なくたどり着くことができた。
数人規模の先遣隊を出しつつ、ユタンを中心に、アルファートたちの後を追う彼ら。
そして――
「いやはや……これはすごい。まさかネミ河のさらに地下に、これだけの都市がまるまる沈んでいるとは思いませんでしたね」
土中に埋もれた塔を下りきり、屋外へ出たところで、カロンはうっとりとした様子で感嘆の息をもらす。
――結局、ユタン本人の許可により、彼も協力者として同行することになっていた。
「ふむ……確かにな」
かたわらのユタンも、多少興奮した様子で相づちを打つ。
古びた石畳が続く先には、至る所に生えた光る菌類によって、古代の都市が幻想的に映し出されていた。その光は頭上の広大な空間にもまたたいており、まるで星空まで都市とともに地下に沈んだかのようだ。
どこかに水路でもあるのか、水の流れる音も空間に響いており、この都は一度死んだが滅びたわけではなく、別の世界の存在として生まれ変わったのだと、そんな風にも感じられる。
「さすがに真昼のように、とまではいかないが、月明かりよりも明るいな。
――いちいち言うまでもないだろうが、視覚に暗視能力を付与していた者には、早いうちに解除させておくように。明るすぎる視界にかえって目が眩む」
ユタンの指示に、すぐに通達します、と律儀に動く副官。
「……それで、伯爵。話の続きをおうかがいしますが……あなたがお母様の遺品から見つけられた大変なものとは、なんだったんです?」
「ああ。――古文書だ。恐らく、もとはテメニア王家に伝わっていたものが、長い年月のうちに忘れ去られ、母が下賜された品物の中にまぎれ込んだのだろう。そしてそこに記されていたのは、古代人が地下深くに封じたという、厄災についてのことだった」
ゆっくりと地下都市へ向けて歩き出しながらユタンは、自らが教王に語ったものとは異なる話をカロンに語る。
「厄災、ですか。それはまた何とも物騒な」
ユタンに歩調を合わせつつ、カロンはややおどけた調子で肩をすくめた。
「具体的に記されていたわけではないが、その厄災は解き放たれたが最後、世界すべてを呑み込み、破壊してしまうという。
……もっとも、世界すべて、などとはさすがに誇張された表現だろうが……それでも、実際に何が起こるにせよ、この遺跡の真上に存在するサイメルと、その周辺地域が被害を被るほどのものではあるだろう――我が教国も含めてな」
「まあ、単純にこの地下が崩落したりするだけでも、サイメルは壊滅的な損害を受けるでしょうしねえ。――でも、本当にそんな物騒なもの、ありますかね?」
「古文書の真贋を疑うのか? 剣聖殿。その気持ちも分からなくはないが、この未踏の地下領域に我々がこうして立っている――その事実自体が何よりの証拠だと思わないか?」
ユタンの言葉に、カロンは腕を組み、眉間に皺を寄せてうなる。
そうしてしばらく押し黙っていたかと思うと、今度はなるほどとこれ見よがしに手を叩いた。
「つまり……あなた方が重要人物として保護しようと躍起になっている少女、彼女は何らかの『鍵』を持っているわけですね。この地下都市、引いては――厄災へと至る鍵を。
そして本人は、その鍵がいかに物騒な物か知らずにいる。あるいは、そもそも鍵となるものを持っていることにさえ気付いていない……といったところですか。どうです?」
カロンの推理を、その通りだ、とユタンは素直に認めた。
「古文書の内容に従い、『鍵』を受け継ぐ少女を捜し当てたまではよかったが、真実を話そうにも、なにぶん、下手に人に知れるとまずい事柄だ。何とか誤魔化し、少女自身の身柄ごと保護しようとしたのだが――」
「失敗して、かえって不信感を煽ってしまい……挙げ句の果てに逃げられた、と」
「情けない話ではあるが。……そういうことになる」
「しかし何というか、その少女もこれだけ広いサイメルという都市を逃げ回る上で、よくもまあ、うまい具合にこうして地下へたどり着いたもので。
実は少女はすべてを知っていて、その上で世界の崩壊を望んでいる、というのでなければ――何というか、こう、運命的なものを感じますねえ」
言ってから、カロンは照れたように笑った。
しかし、ユタンは釣られて笑うでもなく、その表情は至って真剣だ。
「運命――か。それはあながち間違いでもないのかもな。
古文書には、『鍵』は厄災に呼び寄せられる――そんな解釈ができる記述があったのだ。半信半疑ではあったが……あの娘がこうして門を開き、地下へと進んでいる以上、それも事実なのかも知れん」
「では……なおのこと、一刻も早く保護する必要がありますね」
「そういうことだ。――だからこそ、こうして貴公の提案を受け入れ、さらに機密も打ち明けたのだ。納得したのなら、しっかりと役に立ってほしいものだな」
「ええ、それはもう。知らぬこととは言え、弟子が迷惑をお掛けしているのは事実なわけですし、罪の無い多くの人たちに危険が迫っていると聞いては――」
黙っていられない、と続く言葉を、何かが飛んで近付いて来るのを見つけて呑み込むカロン。ユタンも表情をさらに引き締める。
それは淡い光をまとった、金属質の大きな翼をもつ鳥だった。
「召操型の部下の方の貌霊ですか」
「……そうだ。連絡に飛ばしてきたようだな。――『尖鋼翼』ということはゼンデか。どうした?」
尖鋼翼と呼ばれた鷹に似た姿の貌霊は、ユタンの前で滞空すると、かすかに作り物めいた響きをもつ人間の声で答える。
『閣下、報告します! 我ら先遣隊、目標と遭遇致しました! 現在地は――』
そこまで話したところで、尖鋼翼の姿は唐突に中空に掻き消えた。まとっていた淡い光だけが、かすかな余韻を残し、ほどけるように後を追う。
「……やられましたね」
「そのようだ。見事に情報を遮断されたな。……まったく、子供にどれだけの技術を叩き込んだのかと、今は剣聖殿、貴公の指導力を忌々しく思わずにはいられないな」
冗談まじりの皮肉を口に乗せるユタン。
対してカロンは、まるで他人事のように小さく肩をすくめていた。
「いやまったく。覚えが良すぎる教え子というのも考えものですよねえ」
*
「……ふぅ」
――背の低い建物に挟まれた、路地のようなせまい小道。
背後からの一撃で気絶させた兵士をそっと石壁にもたれかけさせて、アルファートは一つ息を吐いた。
(危なかった。もう少しで詳細な位置まで伝えられるところだった……。
でも遭遇は知られたんだ、いずれ応援がやって来る。急がないと……!)
休むのもわずかのこと、兵士が持っていた銃弓を奪うと、向かい合う壁をすばやく交互に蹴りつけ、建物の屋根に飛び上がる。
そして姿勢を低くし、銃弓を構えて周囲に視線を走らせた。
相当強固に建てられたのだろう、長い年月を経てなお、しっかりした外観を備えた建物が居並ぶため、所々に咲く菌類の淡い光を除けば、そうして見る光景は、ごく普通の夜の街中とほとんど変わるところがない。
(見つかったときに確認した人数は三人……。近くの仲間を呼び寄せたりした気配はないから、それ以上はいないはず。なら、あと二人を応援が来る前に何とかすれば……)
薄闇に動くものを、目を凝らして探すアルファート。
その視界に、建物の中を一つずつ覗き込みながら移動する兵士の姿が映り込んだ。
(! まずい、あっちにはピュティアが!)
アルファートは慌てて銃弓を向ける。兵士の進む経路の先には、追っ手の気配を感じたとき、ピュティアを隠した建物があったのだ。
悠長にしているヒマはなかった。狙いはそこそこに、銃弓の引き金を引き絞る。
風切り音とともに兵士の足を目がけて放たれた矢は、しかし標的をわずかに逸れ、そばの石壁で鋭い音を響かせて跳ね返った。
舌打ちざまに立ち上がったアルファートは、奇襲に一瞬面食らった兵士が仲間を呼ぶ前にと、屋根から飛び下り、銃弓を捨てて双剣を抜き放ちながら全速力で突進する。
しかし、気を取り直した兵士は冷静だった。
仲間を呼ぶことに固執せず、そうして注意が他に向くスキを突くつもりでいたアルファートに対し、正面から向かい合う。
そして、肉薄してくるアルファートの剣の軌道が、自分の長剣を狙ってのものだと判断すると、力を抜いてその一撃をうまく受け流し、逆に意表を突かれて体が流れたアルファートに、体格差と、金属鎧の重量を活かした体当たりを喰らわせる。
「あぐ――っ!」
派手に吹き飛ばされ、石敷きの街路に転がるアルファート。
自らの突進の勢いが加算された強烈な衝撃は、彼の手から双剣を、そして一時の呼吸を奪い去るが――意識までは奪い切れなかった。
勝機と見て兵士が突き下ろしてきた刃を何とか転がってかわすと、さらなる追撃が来る前に兵士の肘を蹴り上げて一瞬動きを止め、その間に、落とした双剣の片割れを拾ってすばやく跳ね起きる。
さらにもう一振りの剣も拾い上げようとするが、兵士はそれを邪魔すべく、機敏に打ち込みをしかけた。
息を詰まらせながら、双剣の片割れで渾身の一撃を真っ向から受けるアルファート。
激しい金属音が地下の空洞に響き渡る。
鍔迫り合いは体格の差と、先の体当たりのダメージから、アルファートが不利のように見えたが、彼は何とか押し負けることなく均衡を保っていた。そのさなか――。
「――ッ!」
それはほんのわずか、またたきにも満たない時間だった。
鍔迫り合いを続ける目の前の兵士の視線が、一瞬外れ、自分の後方へと向けられたのを察知した瞬間――
「断罪騎っ!」
アルファートは自分と背中合わせに自らの貌霊、断罪騎を顕現させる。
――再度、空間を震わせて響く、甲高い金属音。
蒼穹の騎士の白く輝く双剣が受け止めているのは、背後から、必殺の確信をもって奇襲をかけた、もう一人の兵士の長剣だった。
「なっ――!」「バカな!」
兵士たちの驚愕の声が重なる。――そのスキを、アルファートは見逃さなかった。
すぐ足下に落ちていた双剣を爪先で蹴り上げ、本来の構えの逆、刃が肘の方へ来る形に空いた手で掴み取るや否や――彼の背後に気を取られて死角になっている兵士の側面から、無防備なこめかみに、柄頭を思い切り打ちつけた。
「ぐっ……!」
完全に虚を突かれた急所への打撃に、兵士の体は大きくかしぐ。
何とか意識を保つも、踏ん張る力をなくした足はたたらを踏む。当然鍔迫り合いなど続けていられるわけもなく、力を失ったところを、後方へ押しやられる。
「小僧――!」
仲間の危機を救おうと、背後から奇襲をしかけた兵士は一旦剣を退いた後、立ちはだかる断罪騎目がけて矢継ぎ早に斬りかかる。
貌霊が傷付けば、顕現している当人に、精神を通した苦痛として還元されるからだ。
そしてそれは、召操――絡鎧せず別に顕現した貌霊――は、当人が意志をもって操る必要があるため、本人との同時別行動が可能にはなるものの、熟練しなければ行動に大きく制限がつく、という法則からくる優位性を狙ってのものだった。
しかし――。
防御に徹した断罪騎は、襲い来る斬撃を効率的にさばいていく。
しかもその間に、アルファート自身も止まることなく、よろける兵士のもう一方のこめかみに強烈な後ろ回し蹴りを喰らわせ、今度こそ完全に昏倒させていた。
「キサマっ!」
あらためて、アルファートの見た目や先入観と、その実力の間に大きな差違があることを思い知らされた兵士は、全力をもってあたるべく気を引き締める――が、それは遅きに失した。
断罪騎目がけて、一撃必殺の気合いで鋭い突きを繰り出すも、その瞬間。
「――!」
標的――断罪騎の姿は幻のように消失する。
アルファートがそれを狙って霊子界の認識を断ち、断罪騎を還したのだ。
そして、突然のことに一瞬戸惑う兵士に、断罪騎の消えた後に残る光の残滓を掻き分けて、影になっていた位置からアルファートが肉薄してくる。
渾身の突きをいなされたばかりの兵士に、その動きに応じる余裕などなかった。アルファートは長剣をかいくぐりながら、鎖かたびらが守る兵士のみぞおちにまず一撃、突進の勢いのままに剣の柄頭を打ち込むと――
「! ぐぶっ――」
無防備に前のめりに倒れ込む兵士の後頭部に、間髪容れず、二撃目を落とす。
何の対処もできず、街路に顔面から叩きつけられる兵士。――意識は、完全に刈り取られていた。
「……はっ、はあっ……!」
兵士の気絶を確認し、重い手つきで双剣を鞘に戻したアルファートは、その場に四つん這いになって激しく咳き込む。
今まで抑え込んでいた先の体当たりによる激痛が、気を休めた瞬間、反動か、胸の内を激しく暴れ回っていた。
少しの間そうして苦痛が暴れるに任せ、いくらか治まってくると、体に手をやって状態を確かめ、ゆっくりと立ち上がる。
(骨は……折れてない。内臓も……大丈夫だ。
よし……早く、ピュティアを連れてここから離れないと……)
何度か地面を踏んで脚の調子も確かめると、途中で投げ捨てていた銃弓を拾い上げてから、ピュティアが隠れている建物へ向かう。
ほとんどの建物で木製のドアはぼろぼろに崩れ去っていたが、その建物のものは何らかの処理が施されているのか、他よりも比較的状態が良かった。
少々手荒にしても壊れないのは確認済みだったので、彼は少し強くノックすると、「ぼくだよ」と中に呼びかける。
応じてドアが動くのは彼の予想よりずっと早かった。
さすがに古びてなかなか開かないドアを、業を煮やして突き破るかのように、勢い良く押し開いてピュティアが姿を現す。
「アル、だいじょうぶっ? だいじょうぶ……っ?」
預けておいたバックパックを大事そうに抱きしめたまま、泣きそうな顔でアルファートを見上げるピュティア。
アルファートはその頭にぽんと手を置くと、安心させるように柔らかく微笑みながらそっとなでてやる。
「心配かけてごめん。大丈夫だよ」
「ん……よかった」
つられて、ピュティアも安堵の笑みを浮かべる。
その無垢な表情にアルファートは、自分が何か救われたような――心がわずかにでも軽くなったような、そんな気がした。
「……そうだ、ピュティア」
バックパックを受け取ったアルファートは、引き替えに持っていた銃弓を差し出そうとするが……ピュティアが首をかしげながら手を伸ばすと、はっとして、まるで意地悪でもするようにあわてて引っ込めた。
「?……アル?」
「ごめん、何でもない。――さあ、行こう」
銃弓を適当に放り出して、アルファートは代わりに自分の手を差し出す。
今度はピュティアの手も、ためらいなく伸ばされた。
(そうだ……ぼくはこの子を守る。この子が普通の女の子として、普通の生活に戻れるように。そのために、戦うんだ。この子に武器なんて――渡しちゃダメだ)




