第十三話
「珍しいな……ネビロスが居眠りなんて」
魚が焼けた、それを言おうとしたニーラはいつもなら絶対に近付けば起きるネビロスが、近付いても眠ったままという珍しい事例に出くわしていた。ニーラの言葉に反応した二人もやってくるが、起きない。
「うん。疲れているのかな」
「心配だね。寝かせておこう?」
2人の心遣いにニーラも納得し、静かにその場を離れた。
+++++
「お父様!やっと蘇生が出来ました!!」
「次期魔王たるもの感情を表に出してはいかん!!」
バシィン!!と大きな破裂音と共に赤くなる見覚えのある子供。燃えるような赤髪、弱い者が見たら慄く金の目。あぁ、そうだ。俺だ。目の前にいる顔の見えない赤髪の男は父親、か……。喜びに満ちていた奴の顔は酷く傷ついた顔になり、直ぐに真顔に戻って謝った。親父は踵を返してどこかへ行った。まだ身体の中へしまえなかった漆黒の翼が床に垂れる。
俺はこの光景を上から見ている。夢だろう、確実に。あのへっぽこが変な事を言いやがって思い出したんだろう。さて、どうしたものか。魔術で無理やり抑えていた記憶だ。こうして夢に出てくるという事は術が不正な方法で壊された。幾つかの幼い時の記憶を見た後、ループして永遠に見ることになる。……本体は寝ているはずだ。あいつらの事だ『疲れているから寝かせてやろう』で起こさないはず。自力で脱出するのは不可能に近い。
親父の顔が見えないのはもう忘れているからだろう。
場面は変わる。当時『魔王』として君臨していた親父の下に先代の勇者が来た。黒髪に茶色の目をした長髪の男。幼い俺は物陰に隠れていた。巴とキマイラが悲しげな顔をして幼い俺を庇うように両隣に立つ。
「正義の名の下に貴様を倒す!!」
今と変わらぬ聖剣を構える勇者。気だるげに立ち上がり、右腕を上げる魔王。魔力がその手に集中する。
正義なぞ、虫唾が走る。
「ふん…。此処まで来るのに随分と時間が掛かったな!」
語尾を強め、魔力の塊を勇者に当てた。
【世の理】が変わらなければ勝てぬ聖戦。もちろん最後に立っていたのは親父の首を持った勇者。既に『教育』が終わっている幼い俺の表情は動かない。ただただ静かに勇者を見ていた。怒りも、悲しみも何も無い。いや、きっと喜んでいた。自分を縛る親父がいなくなった。自分らしく生かせてくれない親父がいなくなった。母親を殺した親父がいなくなった。
再び場面は変わる。時間が遡ったらしい、先程よりも幼くなっている俺の目の前にはキスをしている親2人。……片方は青白く、冷たく、声も動きも無い。『それ』は親父の胃の中に収められていく。おぞましいその光景に俺は逃げ出した。美しい赤髪を持つ力のある若い母親だった。魔王を生めば、力を全て摂られて死ぬことを知っているのに俺を生んでくれた偉大な母。でも、親父は愛してなんかいなかった。強い世継ぎを生み、自分の血肉と成り果ててくれればよかったのだ。誰でも。
また場面は変わる。魔物2人が何かを話している。俺は隠れてそれを聞いていた。【世の理】は当時の俺にとって酷く心に突き刺さる。親父を勇者に殺され、周りから復讐を求められ、その望みがままに復讐神となる事を決意した後だった。俺は、『我』を取り戻した。
『流されてはいけない。流されれば【世の理】通りの結末を迎える。そうだ、俺が変えればいいんだ。周りはどうだって良い。俺は俺らしく生きて、理を変えて、悲劇を迎える『魔王』は俺で仕舞いにするんだ』
+++++
「……ニーラ、兄さんがおかしい」
スイレンがネビロスの顔を覗き込みながらリュイの遊び相手になっているニーラに報告した。彼女はネビロスを見てみるが、寝ているとしか思えない。
「…?唯寝ているだけだろ?」
「魔王様がこんなに騒いでいるのに起きられないのはおかしいと思わないの?兄さんは自分のテリトリー…どれくらいかは知らないけど…そこに入ったら起きるはず。絶対に」
真剣な顔をして説明するスイレンにニーラも近付いてみる。反応は無い。呼吸は一応しているし、正常だ。試しに肩を掴んで揺らすが反応が無い。リュイがペチペチと頬を叩くがやはり何も起きない。三人は顔を見合わせた。




