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…そう問いかけられても
「人間、皆阿呆やからちゃうか?阿波言葉にもあるやろう?『見る阿呆に踊る阿呆』故に人間はそれ以上でも、それ以下でもないんちゃうか」
まるで場末の酒屋で聞くような言葉かも知れないが、解が『真』まではいかない迄も、的は得ているかも知れない。
つまり阿呆が阿呆を見ている訳だから、何ら特別ではなく、だからこそ『異世界』はごく日常に起こり得る『背中合わせ』な事象であると言える。
人間は道徳を持っている。道徳は宗教、文化、また家族的構成等、あらゆる社会の原始的基盤の上に成り立ち、その上に『法』がある。
いくら人間が『阿呆』であっても、個々にバラバラであればまとまりも、経済的安定や発展は成り立ち得ない。
だから例え『異世界』が背中合わせだとしても、それはコントロールされなければ、支離滅裂な状況になるので、そうなると『境界線』の向こう、つまり『常識の外』にあるというのになる。
コントロールされ、かつ『常識の外』つまり、アウトサイドに存在するということなのだが…、果たして『異世界』を区別する『境界線』というのはあるのだろうか。




