最後
『異世界』を探す為の筆をそろそろ置く時が来たように思う。
このエッセイは小説WEBサイトに掲載をしているから、ひょっとすると多くの方は『異世界転生』に関する著作だと思われたかもしれない。
そうした期待を背負われて読み始められた方には、きっと残念なエッセイだったかもしれない。然しながら、もしかすると今後、そうした作品の隠されたテーマとして、しっかりとした主題のネタになるかも知れず、そうなれば幸いだと思う。
サピエンス科学と言う学問は広く誰にでも扉を開いている。
『Art』『美』『エロース』『サピエンス』これらを独自に展開し、サピエンスの過去から未来、そして身近なそれらを感じる事象であら、サピエンスの幸福を見つめるものであれば誰でも始められる学問で、自由にその研究に取り組めるし、発表もできる。
今すこしサピエンス科学について話したい。
この学問の扉が開かれている姿勢はハワード・フィリップス・ラヴクラフト(英: Howard Phillips Lovecraft、1890年8月20日 - 1937年3月15日)の影響がある。
彼は、アメリカ合衆国の怪奇小説・幻想小説の先駆者の一人で生前は無名だったが、死後に広く知られるようになり、一連の小説が「クトゥルフ神話」として体系化された人物である。
然し多くの人が知っているように、彼のクトゥルフ神話は、彼らクトゥルフ神話の創始グループだけの独占にはならず、謂わばフリー素材である。
この在り方は『美』であり、そしてその後在り方としての社会実装は『Art』である。
つまりサピエンス科学も、そうした『美』を、或る意味『エロース』として希求し、取り込んでいる。
さて改めてーーサピエンスはSurvival chain、つまり生存連鎖の中で『美』から生まれたものを『Artとしてリスペクトし、また一方で『エロース』として『美』希求する種である。
ーーそして異世界は誰に微笑むのか?
と、問われれば、それはとりも直さず未来を見つめるサピエンスに微笑むと言えるだろう。
さて、ここ迄長い旅をしてきた気がするエッセイの筆を置きたいと思う。
そしてここ迄このエッセイを読んでいたら抱いた方が『新しい知』を得たならば、それは『読書』をしたと思いたいし、感謝を述べたい。
では、また、
いずれかの時にまたお目にかかれれば幸いである。
何故ならまだ本エッセイはサピエンス科学の卵の殻をなぞっただけで、まだまだこれからも、このおちゃらけた学問は続くと信じているからである。




