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筆を進めている。
そして進めながら『異世界』とは何かを追いかけているーー、いや、つもりなのかも知れない。
然し、こうしてここ迄書いてゆくと、『異世界』は『驚き』と言う心理的作用により、『新しい知』を『発見』する事で、『境界線』の向こうに突如現れる背中合わせの『現実』と言え、それが『空間』や『転び』としてーーつまり面前に現れてくるものと言える。
言い換えれば、サピエンスの内面が大きく関わっているように思う。
つまりサピエンス個人の環境や教養等、他にもあるかも知れないが、その内面とはサピエンスがサピエンスたらしめる『核』に依るかも知れない。
エッセイの最初で、自らの体験――ボスの絵画を見て『異世界』を感じたと書いた。
それはその時の自分の中にある『核』が、反応し、破壊されて、知らない世界(この場合はボスの絵画観)により、『新しい知』を知ったからだと、今なら書ける。
そうした『驚き』は日々実に多くある。仕事で知らない事を知った時もそうであるし、歩いているだけも、斬新なファッション、ヘアースタイル等、何かに触れたりすれば、自身の知らない事が『既知』となる。
然しそうした幾つかの『驚き』で、『異世界』を認識するには、やはり内面への心理的作用が無ければならない。そしてその内面はサピエンスたらしめる『核』がなければ、『驚き』は起きない。
では『新しい知』に触れるサピエンスたらしめる『核』とは、なんだろう。
それはとりも直さず、今なら言える。
ーーそれは『美』であると。




