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別著に『サピエンス科学』がある。少し、別の段でも触れたが、その中で『Art』としての『発見』について書いている箇所がある。
『サピエンス科学』ではサピエンスの社会のアップデート(もしくはボトムアップ)に寄与した歴史人物ーーガリレオ・ガリレイ(1564年~1642年)は、イタリアの科学者)等の幾人かを取り上げ、学問を論じているが、その『発見』の段では、織田信長を取り上げ、彼の成した『Art』は『発見』である、と論じている。
『発見』は、『新しい知』の認識であり、それはとりもなさず『驚き』でもある。これらはきり離せない一体の科学の過程である。
織田信長を取り上げたのは、彼が『Artの体現者』として『発見』を通じて様々な政策をなし、中世末期に社会実装を行ったからである。
唯、同時代にも幾人も『発見』をなした人物はおり、決して彼だけが稀有な存在ではない。
織田信長はあくまでも、その時代人として、中世末期やなおける日本社会のアップデート、もしくはボトムアップをした人物の一人として、また理解しやすい人物として取り上げたにすぎない。
彼が成した『楽市楽座』も、彼のオリジナリティではなく、鉄砲の戦術戦略も、最新の歴史学的にはそうではないようだ。
しかし彼は旧時代、つまり中世の綻びの中に、新しい大航海時代への『知』を発見した人物として、世界的に日本を俯瞰的視点で『発見』した人物であり、故に彼自身も『驚き』を感じ得えて楽市楽座等の政策等の社会実装を通じて、大航海時代に向かうべく日本社会の変化を行ったのである。
話が『異世界』から転んだかも知れない。言いたいことはーーつまり『発見』と『異世界』、そして『驚き』の心理的作用の図式である。




