【第68話】肉屋のおっさん
国王の裁定から数ヶ月後。
王家から正式に特区として認められたルーンハルト村は、目覚ましい発展を遂げていた。
「どんな身分でも極上の肉が食える村がある」という評判は瞬く間に広がり、一旗揚げようとする商人や、移住を希望する農民、腕自慢の職人たちが続々と集まってきた。さらには、あのレオン率いる親衛隊の面々も、特区の正式な防衛部隊として村に戻ってきていた。
かつて廃村寸前だった辺境の村は、人が溢れ、絶え間ない活気に満ちた新しい街へと変貌しつつあった。
そして村の中心にある広場は、かつて俺が前世で夢見た通りの『石造りの広場』へと生まれ変わっていた。
鍛冶職人のクラウスや大工のフリッツ、それに新しく移住してきた職人たちが中心となり、立派な石畳とレンガ造りの巨大な竈がいくつも並べられている。
「ほらテッペイ、酒樽のおかわりだよ!」
「おう、マルタ! そっちのテーブルに肉が足りてねえぞ! トーマスのおっさん、串焼きの火加減はどうだ!」
「問題ない。お前のレシピ通りだ」
今日は月に一度の『大肉祭り』。
村人だけでなく、市場街の商人たちや、城下町から非番の兵士たちも入り乱れ、広場はすさまじい熱気に包まれていた。
「テッペイ、聞いたかい? あたしらで市場街のフェルゲン商会の跡地を丸ごと買い取ってやったさ!」
マルタが豪快に笑いながら、エールを一気に飲み干す。
「酒棚に誰の酒を並べるかは、あたしが決めるのさ!」
「ははっ、そいつは傑作だ。王都への流通も、これでお前らの独壇場だな」
「それもこれも、あんたの極上の肉があってこそさ!」
ガルドが尻尾を振りながら、子供たちから肉の端切れをもらって上機嫌に喉を鳴らしている。
その横では、ユーリが真剣な顔で俺に頭を下げてきた。
「テッペイ! いや、大将! 俺も肉屋の二代目として修行させてくれ! 俺もあんたみたいに、飯で世界を変えられる男になりたいんだ!」
「馬鹿野郎、世界を変える前に玉ねぎの皮剥きから十万回やり直せ。だが……まぁ、しごいてやるよ」
ユーリがパァッと顔を輝かせ、兵士たちと肩を組んで喜び合う。辺境伯までもが領主の顔を捨てて、村長のベルントと並んでジョッキを傾けていた。
「テッペイおじさん、これ、あたしの分!」
ミーナが空の皿を突き出してきた。俺は苦笑しながら、揚げたてのコロッケをいくつか、トングで取り分けてやる。
そして自分用の小さな皿に、肉を多めに詰めたやつを二つだけ、そっと取り分けて隅に置いた。
「ほれ、火傷すんなよ。野菜もちゃんと食えよ」
前世の精肉店では、仕事に追われて客の顔を見る余裕すらなかった。家族と一緒に食卓を囲むことさえ、いつしか忘れてしまっていた。
だが今は違う。
ふと、上空を巨大な影が横切った。
見上げると、東の山脈へ向かってあの竜が悠然と飛び去っていくところだった。銀色の毛並みを持つガルドは空へ向かって短く親しげに吠え、またすぐ足元の肉を夢中で頬張りながら尻尾を振っている。
石造りの広場、長いテーブル、山盛りの肉。笑い合う大勢の仲間たち。空を舞う竜と、足元にいる大きな狼。
それはまさに、あの日――冷たい病室のベッドで死にゆく間際に見た、あの『幸せな夢』の景色そのものだった。
ただ一つ違うのは、これが夢などではなく、俺が自分の腕と包丁一本で切り拓き、掴み取った『現実』だということだ。
その時。
背後からポン、と、誰のものか分からない温かな掌が俺の肩を叩いた。
振り返っても誰もいない。だがそれは、あの日病室で最後に俺の手を握ってくれた、家族の手と同じ温かさだった。
よくやったね、と笑いかけてくれているような気がした。
俺は小さく息を吐き、前掛けの紐を締め直すと、トングを力強く握り直した。
「さあ、どんどん焼け! 今日はまだまだ肉があるぞ!」
大歓声が夜空に吸い込まれていく。
肉屋のおっさんの第二の人生は、最高の仲間たちと、香ばしい肉の匂いと共に、これからも賑やかに続いていくのだった。
肩に残った掌の温かさは、宴の喧騒の中で、いつまでも消えなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「肉屋のおっさん、肉食禁忌の異世界で魔獣を焼く〜一切れの肉から村を立て直し、商売で貴族の支配をぶっ壊すまで〜」、全68話、これにて完結です。
5月27日に第1話を投稿してから、毎日19時の更新を続けてきました。ランキングとは無縁の連載でしたが、毎晩同じ時間に読みに来てくださる方たちがいることは、ちゃんと分かっていました。
鉄平の焼く肉が村の腹を満たしたように、皆さんのその一回一回が、この物語を最後まで書かせてくれました。本当にありがとうございました。
物語は完結しましたが、ルーンハルトの食卓はもう少しだけ続きます。近いうちに番外編をいくつか追加する予定です。
まずはガルド視点の短編を準備中です——あの狼が、生まれて初めて「焼いた肉」を食った日の話です。
ブックマークをそのままにしておいていただけると、更新の際にお知らせが届きます。
そして、もしこの物語を少しでも楽しんでいただけたなら、この下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、とても嬉しいです。次の作品を書く、何よりの力になります。感想も一言から大歓迎です。全部読みます。
それでは、また次の作品で。




