【第67話】裁定
地響きと共に、王都からの大軍勢がルーンハルト村を包囲した。
だが、その陣形は城を攻め落とそうとするザイデル軍のそれとは全く異なっていた。武器を構えるでもなく、ただ静かに道を空け、その奥から豪奢な鎧を身に纏った初老の男――国王その人が、護衛を数人引き連れただけで村の広場へと馬を進めてきたのだ。
頭上には王家の紋章旗が翻っている。この老人が間違いなく、二百年続く禁忌を支えてきた王国の頂点に立つ者だ。
その事実に気づき、村人たちが恐怖で顔を引きつらせ、次々と地面に平伏していく。
王の斜め後ろには、二人の男が馬を並べて控えていた。一人は晩餐会の夜に見かけた監察役のオズヴァルト侯。そしてもう一人は、城の包囲を解かれて王の案内役を務めるバイエル辺境伯だった。
「おっちゃん……」
ミーナが震えながら俺の足にすがりつく。俺は彼女の頭を優しく撫でると、平伏する村人たちの間を抜け、ただ一人、堂々と前へ出た。手には、さっきまで広場の竈で揚げていた、たっぷりの玉ねぎとひき肉が詰まった熱々のコロッケを持っていた。
「お待ちしておりました、国王陛下。遠路はるばるご苦労なこって。まぁ、まずはこれを食ってくれ。揚げたてだ」
国王の護衛騎士たちが顔色を変えて剣に手をかけたが、国王はそれを手で制した。
そして馬から降りると、俺の前に立ち、その手から直接コロッケを受け取った。
「そなたがテッペイだな。噂に違わぬ、不敬な男だ」
国王はフッと笑い、ためらうことなくコロッケにかぶりついた。
サクッとした衣の音と共に、中からホクホクの芋と肉の旨味、そして炒めた玉ねぎの甘みが溢れ出す。国王は目を細め、ゆっくりとその味を噛み締めた。
「美味い。肉をこれほど少し混ぜるだけで、芋がここまで豊かな食い物になるのか。あの晩餐会の夜に出された極上の肉も驚きだったが……この素朴な味もまた、格別だな」
その言葉に、息を呑んでいた村人たちがざわめいた。
国王は、俺のことを知っていたのだ。辺境伯が王都の大会議で開いた晩餐会。そこで国王は、俺が焼いた極上の肉料理をすでに口にしていた。
「ザイデル公は『辺境伯が竜を使役し、魔獣の肉で反乱軍を組織している』と奏上した。だが、余にはわかっていた。辺境伯がそのような男ではないことも、そなたの焼く肉が、決して人を狂わせるような邪悪なものではないこともな」
国王は視線を斜め後ろのオズヴァルトに向けた。オズヴァルトは静かに一礼する。
「監察役オズヴァルト侯から、事の顛末はすべて報告書で上がっておる。ザイデル公は王命に背き私兵を動かした罪ですでに拘束した。爵位剥奪と領地召し上げについては、追って大評議会で裁く。ディートリヒとブルクハルトも、虚偽証言と内通工作の容疑で王都の地下牢に繋いである」
その言葉の意味を理解し、村人たちの間からどっと安堵の声が漏れた。
討伐軍ではなかった。国王は自らの目で、肉食がもたらす『真実』を確かめるために親征という形をとったのだ。
国王は指先に残った油を布で拭いながら、広場を取り囲む村人たちを見渡した。誰もが血色よく、不安と恐れの中にあっても、互いを庇い合うようにしっかりと立っている。
「そなたが六十年この村を守った長か」
国王が声をかけると、ベルント村長が進み出て深く一礼した。
「余はあの晩餐会以来、ずっと考えていたのだ。二百年続く肉食の禁忌……本当にこのままで、我が国は栄えるのか、とな」
国王の声が、静まり返った村に響く。
「かつての王都への報告では、ここは価値もない廃れかけた辺境の村だったはずだ。だがどうだ。自らの手で立派な防壁を築き、ザイデルの傭兵たちを農民とたった二十人の兵で退けてみせた。人が食で活力を取り戻せば、貧しい村であっても短期間でここまで力強く発展するのか」
国王は広場を囲む堅牢な防壁と、村人たちの血色に満ちた顔を見渡した。
「一部の貴族に力と富を集中させれば、必ず腐敗が広がり、いずれ国は内側から滅びる。真に国を強くするのは、特権階級の保身ではない。こうして民が旨いものを腹一杯に食い、富み、笑って暮らせることなのだ。余は今日、その真実を自らの目で確かめに来た。そして……確信した」
国王はそう言って、俺の肩を叩いた。
「テッペイよ。そしてバイエル辺境伯よ。よくぞこの特区を育て上げた」
国王は一度言葉を切り、真剣な眼差しで村人たちを見渡した。
「だが、肉食の禁忌を明日から国中で解くことはできぬ。教会、貴族、商会、そして民の恐怖……二百年の縛りを解くには、敵は山ほどいる。ゆえに、まずはこのルーンハルト村を、王家直轄の試験地とする」
国王は高らかに宣言した。
「ルーンハルト特区を、王家の名において正式に承認する。ここは、我が国が新たな時代へ歩み出すための第一歩だ」
広場が、割れんばかりの歓声に包まれた。
抱き合って喜ぶ者、涙を流す者。俺は大きく息を吐き出し、空を見上げた。




