【第63話】地下道の馬車
ファルケンシュタイン城の中枢、軍議の間には、重苦しい沈黙が満ちていた。
上座には、疲労の色を隠せないバイエル辺境伯が座し、その左右を百戦錬磨の老将たちが固めている。そして末席には、最前線から戻ったばかりの若い親衛隊長――レオン・ハルトマンが片膝を突いていた。
「……よくやってくれた、レオン。特区からの報せがなければ、城は今夜にも内から崩れ去っていただろう」
辺境伯の労いの言葉に、レオンは深く頭を下げる。
村からの通信鷹がもたらした『内通者は後方支援部隊のバルテル卿』という情報。レオンは即座に親衛隊を動かし、逃亡を図ったバルテル卿を斬り捨てた。証拠となるザイデル公の書状も押収され、少なくとも、今夜城門を開ける手筈だった者たちはすべて捕らえられた。
「私ではありません。バルテル卿の名を吐かせ、血まみれの鷹を飛ばしたのは、ルーンハルトの者たちです」
「うむ……お前が目をかけただけのことはある。だが」
辺境伯の隣で、兵站を預かる白髭の将軍が苦渋に満ちた声を上げた。
「内通者の排除には成功しましたが、彼らに放火された第二食糧庫の被害が甚大です。残された兵糧は、全軍に配給しても……もってあと三日分といったところでしょう」
「三日、か……」
辺境伯が重く息を吐く。
ザイデル軍の波状攻撃は、レオン隊の奇襲で一時的に鳴りを潜めている。だが完全包囲は続いており、補給路は絶たれたままだ。
いくら堅牢な城壁があろうと、腹を空かせた兵士では敵の突撃を押し返すことはできない。ただでさえ連日の激戦で、兵士たちの疲労はピークに達しているのだ。
「閣下。もはや玉砕覚悟で包囲網の一角を突破し、活路を開くしかありませんぞ」
「いや、防衛に徹し、東の討伐隊が戻るのを待つべきだ!」
将軍たちの間で悲壮な議論が交わされる中、レオンは黙って下唇を噛んだ。
彼ら親衛隊も、特区で食い溜めた魔獣肉の力があったとはいえ、長時間の激戦で再び疲労が蓄積し始めている。全軍の飢えを解決する手段など、この城のどこにも残されてはいないのだ。
軍議の間が絶望的な空気に支配されかけた、その時だった。
「失礼いたします!!」
伝令の兵士が、血相を変えて軍議の間に駆け込んできた。
「何事だ! 敵が動いたか!」
「い、いえ! 城の裏手……旧搬入用の地下道から、馬車数台が城内に侵入しました! 現在、守備兵が包囲していますが……」
「なんだと!? あの地下道は数十年前に崩落で塞がったはずだぞ!」
将軍たちに動揺が走る。
そこはかつて城下町から食糧を直接運び込むために使われていた道だが、軍の図面からも消えて久しい。地元の古参の商人でなければ存在すら知らない抜け道だ。ザイデル軍の別働隊か、あるいは内通者の残党か。
だが、伝令の兵士の顔には恐怖よりも困惑の色が濃かった。
「それが……巨大な銀色の魔獣を連れており、恐ろしくて誰も手出しができません。それに侵入者の頭らしき男が、『さっさとレオン隊長を呼べ』と……」
巨大な銀の魔獣。その言葉に、レオンの心臓が大きく跳ねた。
「閣下! 私に確認の許可を!」
「……うむ。頼むぞ、レオン」
辺境伯の許可を得るや否や、レオンは軍議の間を飛び出し、城の裏手にある地下道の出口へと急行した。
現場に到着すると、数十人の城兵が槍を構えて馬車を取り囲んでいた。だが、誰も一歩も前に出ようとしない。
馬車の前に座り込み、低い唸り声を上げて兵士たちを威圧している巨大な銀狼の姿を見て、レオンは目を見張った。
「(あれは……ガルド!?)」
特区で何度も撫で回した見覚えのある毛並みだ。
レオンは慌てて兵士たちの前に進み出た。
「槍を下ろせ! その銀狼は味方だ。辺境伯様もご存じの特区の守護獣である!」
レオンの鋭い声に、城兵たちが慌てて槍を引く。
「テッペイ……!」
* * *
槍衾に囲まれるってのは、いい気分じゃない。
ガルドが唸ってなけりゃ、とっくに刺されてただろう。人垣を掻き分けて出てきた顔を見て、俺はようやく肩の力を抜いた。
「よォ、レオン。随分と腹を空かせたツラしてんな」
「なぜ、お前たちがここに……。それに、この荷物は」
レオンが、馬車の荷台を見て目を丸くする。数千の全軍を何日も賄える量ではないが、それでも馬車には限界まで荷を積んできた。
「城下町の連中が心配で来てみりゃ、お前らまで飢えかけてるとはな。トーマスのおっさんに裏道を教えてもらったんだよ」
俺は馬車の荷台をバンッと叩いた。
「戦うのはお前らの仕事だが……腹を満たすのは俺の仕事だ。遅くなって悪かったな」
絶望に包まれていた城郭に、肉と塩と炭を積んだ馬車がたどり着いた。




