【第62話】二十騎の楔
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レオン・ハルトマン親衛隊長が率いる強襲部隊が到着する少し前。
ファルケンシュタイン城下町はすでに業火と黒煙に沈み、辺境防衛で鍛えられた辺境伯の精鋭たちも、城郭の内側まで押し込まれていた。
ザイデル公爵軍の本隊による苛烈な籠城戦が始まって数日。ついに城壁の西側が、内通者の手引きによる工作で内側から崩落したのだ。
瓦礫の山となった防壁の隙間から、ザイデル軍の重装歩兵や傭兵たちが雪崩れ込んでくる。
迎え撃つ辺境伯側の兵士たちは、連日の防衛戦ですでに疲労の極致にあった。剣を握る手は震え、盾を構えることすらままならない。
「防衛線を下げるな! ここを抜かれれば城門に直接取り付かれるぞ!」
現場の指揮官が血を吐くような声で叫ぶが、多勢に無勢だ。
ザイデル軍の後方からは高位火術師たちによる火球が次々と飛来し、辺境伯軍の陣形を容赦なく削り取っていく。
「もはやこれまでか……」
誰かが絶望の声を漏らした、その時だった。
ドォォォォンッ!!
崩落した城壁のさらに外側、ザイデル軍の最後尾で、突如として爆発のような轟音が鳴り響いた。
何事かと両軍の兵士が視線を向けた先。そこには、夕闇の迫る西の街道から猛烈な土煙を上げて突っ込んでくる、二十騎の騎兵の姿があった。
「なんだ、あれは……!?」
騎兵たちが乗る軍馬は、どれも口から白い泡を吹き、目は血走っている。馬の限界をはるかに超えた速度で、不眠不休の強行軍を強いられてきたことは一目瞭然だった。
そして、ザイデル軍の最後尾に到達した直後――限界を超えていた軍馬たちは、数頭が膝を折って倒れ伏し、残りも荒い息を吐いてその場から一歩も動けなくなった。
レオンは崩れ落ちた愛馬に一瞬だけ目を伏せた。だが、弔う時間すら今はない。
動けなくなった馬の背から、重装備の騎士たちが身を翻し、地鳴りのような着地音と共に敵の後背に降り立った。
本来なら、馬が死ぬほどの強行軍をこなした騎兵は、疲労困憊でまともに立つことすらできないはずだ。
だが、土煙の中から立ち上がった二十人の騎士の足取りには、微塵の揺らぎもなかった。
「遅れて申し訳ありません、我が主!」
先頭に立つ男――辺境伯親衛隊長レオン・ハルトマンが、大剣を抜き放ちながら咆哮した。
彼らはこの丸一日、不眠不休で馬を走らせながら、テッペイの作った「特製魔獣肉の腸詰」を噛み砕き続けてきた。魔獣肉で作った濃い携行食が、長距離移動で削られていく体力を何度も押し戻したのだ。疲労が消えたわけではない。だが、肉を食い続けた身体が、彼らをぎりぎり戦える場所に踏みとどまらせていた。
ザイデル軍の指揮官が振り返り、血相を変えて叫んだ。
「後方から敵だ! 陣形を立て直せ!」
だが、遅すぎた。
レオンたち二十騎の狙いは、敵兵を全滅させることではない。崩壊した城壁に向かって全軍が前を向いている「背後」という致命的な死角に、鋭い楔を打ち込むことだ。
「散開! 突破口を開け!」
レオンの大剣が、振り返ろうとした重装歩兵の盾を強引に弾き飛ばす。それに続く十九人の親衛隊員たちが、完璧な連携で敵の陣形を切り裂いていく。
魔獣肉で鍛え上げられた彼らの剣撃は重く、疲弊しきったザイデル軍の歩兵では受け止めることすら難しい。
「背後を突かれたぞ!」
「伏兵だ! 何十人いるか分からねえ!」
夕闇の混乱も手伝い、突如背後から現れた精鋭部隊にザイデル軍の後方はパニックに陥った。
前方の城壁に取り付いていた兵士たちも、背後での騒ぎに足を止める。その隙を、城内で防戦一方だった辺境伯軍が見逃すはずがなかった。
「親衛隊が戻ってきたぞ! 押し返せ!」
内からの決死の反撃と、外からの予期せぬ急襲。
挟み撃ちの形になったザイデル軍の前線部隊は、ついに統率を失い、崩れた城壁の隙間から退き始めた。
「深追いはするな! 防壁の穴を塞げ!」
レオンの的確な指示のもと、二十人の騎士たちは瓦礫の山を乗り越え、城壁の裂け目に陣取って強固な盾の壁を作り上げた。
たった二十人。だが、彼らが作り出した局地的な混乱は、絶望的だった包囲網を一時的に押し戻すには十分だった。
「……助かった。もう一日も保たないと思っていたが」
「ええ。我々が戻った以上、これ以上は指一本触れさせません」
瓦礫の上で剣を杖代わりに立つレオンの息は、決して平静ではなかった。彼らとて、肉の力があったとはいえ限界の行軍だったことに変わりはない。
だが、その瞳にはまだ確かな闘志が宿っていた。
「(テッペイ……あの飯がなけりゃ、途中で全員馬から落ちてたな)」
レオンは西の彼方、村のある方向へ一瞬だけ視線を向けると、再び眼下の敵軍を見据えた。
なんとか今日の危機はやり過ごした。だが、遠くの丘の上では、赤い法衣を着た高位火術師たちが再び杖を掲げ始めている。前線の一部が乱れただけで、ザイデル軍という巨大な黒い波は、まだ城を包み込むようにそこにあった。
本当の防衛戦は、ここから始まる。




