【第52話】愚者の末路
晩餐会の翌日。
俺は、ファルク卿の案内でバイエル辺境伯の執務室に招かれていた。
「よくやってくれた、テッペイ。そなたのおかげで、我がバイエル家は王都の連中に一泡吹かせることができた。感謝してもしきれん」
上座に座る辺境伯は、機嫌よく頷いた。
だが、その傍らには、見慣れた嫌な顔があった。ルーンハルト村を苦しめていた悪徳徴税官、ブルクハルトだ。
大評議会に伴う財政・徴税報告のため、管区を代表して呼び出されていた彼は、晩餐会の大成功を耳にするや否や、猛スピードで辺境伯の前に駆けつけてきたのだ。痩せた顔に似つかわしくない媚びへつらうような笑みを貼り付け、もみ手をしている。
「辺境伯様、お喜びのようで何よりでございます! あの料理人は、私が長年注意深く監督してまいりましたルーンハルト村の出身でございましてな。あの村からこのような才人が出たことは、領地行政に携わる者としても誇らしく存じます」
巧妙に「自分が紹介した」とは言わない。「自分の管轄から出た」という事実だけを並べて、手柄の匂いだけを自分に寄せていく。前の世界の銀行の担当者が、まさにこれだった。俺は内心で鼻で笑った。
「さて、テッペイよ。そなたには莫大な褒賞を与えよう。金か? 地位か? 望むものを言うが良い」
「お言葉ですが、辺境伯様。金も地位もいりません」
俺は静かに首を振り、懐から一冊の古びた帳面を取り出した。
三ヶ月前、ルーンハルト村を出る際に、村長のベルントから託されたものだ。何十年分もの古い納税控えと、ブルクハルトが過去に村へ突きつけた査定書の写し。それらをエルストが取引帳簿と照らし合わせ、正規の税率と実際に徴収された額の差分を一枚の差額表にまとめたものだ。
「褒賞の代わりに、これを辺境伯様ご自身の目で、隅々まで確認していただきたい」
ファルク卿が帳面を受け取り、辺境伯の机に置く。
辺境伯がページを捲り始めた瞬間、ブルクハルトの顔色が一気に青ざめた。
「なっ……! お前、それは……!」
「俺たちの村の村長が、何十年も命がけで保管してきた納税控えと査定書の写しでございます。辺境伯様が定められた正規の税率と、このブルクハルトという男が実際に村から搾り取っていた額の差分が、一目でおわかりになるかと」
執務室の空気が、急激に冷え込んだ。
辺境伯の鷹のような鋭い目が、帳面からゆっくりとブルクハルトへと向けられる。
「ブルクハルト。……貴様、私の名を騙り、領民から不当に搾取して私腹を肥やしていたのか?」
「ち、違います! そ、それはその平民が捏造した偽物で……! 辺境伯様、信じないでください!」
ブルクハルトが床に這いつくばり、悲鳴のような弁明を叫ぶ。
だが、辺境伯は怒りで顔を黒く染め、机を強く叩きつけた。
「黙れッ!!」
その一喝で、執務室の空気がびりびりと震えた。
「我がバイエル家の誇りに泥を塗るばかりか、領民から不当に搾取して私腹を肥やしていたとは……! ファルク! 衛兵を呼べ!」
「はっ」
すぐに屈強な衛兵たちが部屋に入り、ブルクハルトの腕を拘束する。
「お許しを! なにとぞお許しをぉぉっ!」
「身柄を拘束せよ。こやつの帳簿と私財を徹底的に洗え。不正の全容が明らかになり次第、領法に従って裁く」
ブルクハルトの無様な絶叫が、廊下の奥へと消えていく。
だが、これは入口に過ぎない。ブルクハルトは末端の駒だ。こいつを動かしていた黒幕――フェルゲン商会こそが、真の敵だ。
辺境伯は大きく息を吐き出し、俺に向き直った。
「すまなかった、テッペイ。我が部下が、そなたの村にこれほどの苦痛を強いていたとは。領主として深く詫びよう」
「お気持ちだけで十分でございます。……それで、もう一つ、お願いしたいことがございます。俺たちのルーンハルト村を、辺境伯様の直轄の『特区』にしていただきたい」
「特区……?」
俺の言葉に、辺境伯の目の色が変わった。
「具体的には、三つでございます。まず、ブルクハルトのような徴税官が勝手に査定・徴税できないように、税は辺境伯様直轄の役人へ直接納めるようにすること。次に、魔獣対策を目的とする開墾・防壁・見張り台については、管区の役人を通さず、村長から辺境伯府へ直接申請できる仕組みにしていただくこと。そして、酒や食品の製造・販売の正式な許可を村に与えること」
辺境伯は最初の二つには静かに頷いていたが、三つ目で眉をひそめた。
「酒と食品の製造・販売許可か。……それは、既存の商会や酒造権との衝突を招くぞ」
「存じております。ですが、その商会がブルクハルトと組んで村を締め上げていたとしたら――その商会に、村の運命を握らせたままでよいのでしょうか」
辺境伯の目が、わずかに細くなった。
「……テッペイ。そなた、本当にただの肉屋なのか?」
「ええ。ただの肉屋のおっ――」
俺はそこで一拍置き、苦笑いしながら言い直した。
「……失礼しました。ただ美味い肉を焼くことしか能のない、肉屋でございます」
辺境伯はその不器用な言い直しに、思わず口元を緩めた。
数秒間じっと俺を見つめ、やがて立ち上がる。
「ついてこい。今のそなたには、これを見る資格がある」




