【第24話】蜂蜜酒
ドルンから戻って三日後、マルタに手紙を出した。ゲルハルトに託す形で、干し果実を少し分けてもらえないかと頼んだ。
十日後、ゲルハルトが干し果実の入った袋を持ってきた。マルタからの伝言つきだ。
「何に使うか知らないけど、代金はいらない。その代わり、旨いものができたら真っ先に持ってきな。だとさ」
ゲルハルトが笑いながら言った。あの女は太っ腹だ。
さっそく仕込みにかかった。
蜂蜜と水を壺に入れて混ぜる。割合は蜂蜜が三、水が七。前の世界で飲んだミードの味を思い出しながら、感覚で決めた。そこにマルタから貰った干し果実をひと掴み放り込む。果実の表面についている天然の酵母が発酵を起こすはずだ。
壺の口を布で覆って、日の当たらない場所に置いた。
「何を作ってるんだ」
ベルントが壺を覗き込んだ。
「酒だ」
「酒?」
「蜂蜜と水を混ぜて発酵させる。蜂蜜酒という。鍛冶の街の職人に飲ませて、道具を作ってもらう算段だ」
ベルントがしばらく壺を見つめていた。
「お前は、料理だけじゃなく酒も作れるのか」
「作れるかどうかは、まだわからない」
「……変な男だ」
ベルントが去っていった。褒めたのか呆れたのか、いつもわからない。
五日経った。壺の中を覗くと、表面に小さな泡が浮いている。発酵が始まっている。匂いを嗅いだ。甘い、蜂蜜の匂いの中に、かすかに酸味がある。
「いい感じだ」
十日目。泡が増えている。匂いも変わってきた。蜂蜜の甘さの奥に、アルコールの気配がある。
二十日目。泡が落ち着いた。発酵が終わったのかもしれない。布を取って、木の匙で一口掬った。
酸っぱかった。
舌の上で広がるのは、蜂蜜の甘さではなく、鋭い酸味だった。酢に近い。飲めないことはないが、とても旨い酒とは言えない。
ユーリに飲ませた。
「……テッペイ、これはちょっと」
顔をしかめている。ヒルダも一口飲んで、黙って壺に蓋をした。
失敗だ。
夜、焚き火の前で考えた。何がいけなかった。
蜂蜜の量か。水が多すぎたかもしれない。発酵の温度も気になる。壺を置いた場所は日陰だったが、夜は冷え込む。発酵が遅すぎて、酢酸菌が先に動いたのかもしれない。
精肉店でも似たことがあった。自家製のコンビーフを作ろうとして、最初の三回は全部失敗した。塩加減、温度、漬け込む時間。全部手探りだった。四回目でようやく形になって、あれが店の看板商品になった。
やり直す。
次の仕込みは蜂蜜の割合を増やした。四対六。壺を焚き火のそばに置いて、夜も温度が下がりすぎないようにした。布の上からさらに麻袋をかぶせて、空気に触れる面を減らした。酸っぱくなったのは、酢酸菌が空気に触れて繁殖したからだと踏んだ。
ヒルダが壺の横に座って、温度を確かめてくれるようになった。朝と夕方、壺の表面に手を当てて、熱すぎないか冷たすぎないか。
「あんたの酒、今度は上手くいくといいね」
「ああ」
「失敗した方の酒、あれ料理に使えないかな。酸っぱいけど、風味はある」
ヒルダの言葉に、はっとした。酸味のある酒。それは酢だ。果実酢として使えるかもしれない。この世界で酢は貴重品だ。失敗作が別の商品になる可能性がある。
「ヒルダ、お前は天才かもしれない」
「当たり前だよ」
ヒルダが鼻を鳴らした。
二度目の仕込みから二十日。壺を開けた。
匂いが違う。前回の鋭い酸味ではなく、甘さの中にふくよかな丸みがある。木の匙で掬って、口に含んだ。
甘い。最初に蜂蜜の甘さが広がる。その後にアルコールの暖かさが喉を通る。度数はそこそこある。市場町の麦酒とは別物だ。
旨い。
完璧ではない。後味に少し雑味が残る。熟成が足りないのかもしれない。だが、この世界の人間が飲んだら驚くはずだ。甘くて強い酒。麦酒しか知らない人間にとっては、初めての味だ。
ユーリに飲ませた。
一口飲んで、目を見開いた。
「何だこれ。甘い。旨い。酒なのか、これ」
「蜂蜜酒だ。ミードという」
「もう一杯くれ」
「駄目だ。これは鍛冶の街に持っていく」
「一杯くらいいいだろ!」
ヒルダが横から壺を取り上げた。
「あんたは後。まず仕事に使うんだから」
ユーリが恨めしそうに壺を見ている。
ベルントにも一口だけ飲ませた。老人は黙って口に含んで、しばらく目を閉じていた。
「……六十年生きて、こんな酒は初めてだ」
ベルントの声が少し震えていた。
俺は壺を四つに分けた。二つはドルンに持っていく。一つは村に残す。最後の一つは、マルタに届ける。干し果実の礼だ。
「ユーリ、明日出発する。ドルンに行くぞ」
「やっと飲めるのか」
「お前が飲むんじゃない。鍛冶職人に飲ませるんだ」
「わかってるって。でも、余ったら俺が飲むからな」
明日はドルンだ。クラウスが待っている。約束を果たしに行く。




