第19話:芋と蜜
ポテトチップスの量産を始めた。
ラッケルを薄く切る。ナッツ油で揚げる。塩を振る。たったそれだけの工程だが、この世界では誰も知らない食い物だ。
問題は、均一な薄さに切ることだった。
俺は自分のナイフで切れる。村の包丁はなまくらだが、この世界で目覚めた時に腰についていたナイフなら、三十年間肉を切り続けた手と合わせて二ミリの厚さに揃えられる。だが、ユーリやカイルには無理だ。分厚い切れ端が混ざると、揚げムラが出る。焦げるか、中が生か。
「テッペイ、これでどうだ」
カイルが切ったラッケルを見せた。厚さがバラバラだ。五ミリくらいのもあれば、一ミリもない薄いのもある。
「駄目だ。もっと揃えろ」
「無理だって。テッペイの手つきが異常なんだよ」
確かにそうだ。俺は包丁一本で育ってきた人間だが、この村の連中に同じことを求めるのは酷だ。
道具がいる。スライサーのようなものがあれば、誰でも均一な厚さに切れる。だが、この世界にスライサーはない。木の板に刃を固定して、溝を切って厚さを決める。そういう道具を作れないか。
頭の中で図面を引いた。だが、肝心の刃が問題だ。今ある包丁はなまくらで、すぐに刃が丸くなる。鉄の質が悪い。
鍛冶職人がいれば、と思った。まともな刃物を打てる職人がいれば、道具の問題は一気に解決する。だが、今はそれを考える段階じゃない。まずは俺が切る。俺が切れる限り切って、売れるものを作る。
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ポテトチップスを初めて村の全員に食わせた夜のことだ。
ベルントが一枚食べて、二枚食べて、三枚目で止まった。
「テッペイ。これは旨い。だが、問題がある」
「何だ」
「旨すぎる。こんなものを市場で売ったら、大騒ぎになる。目立つ」
ゲルハルトにも言われた。ベルントにも言われる。目立つな。目立つな。
「ベルント、目立たずに商売はできない。だが、量を制限する。最初は少量だけ市場に出す。反応を見て、じわじわ増やす」
「……お前の判断を信じる。だが、くれぐれも慎重にな」
ヒルダが横から手を伸ばした。村で鶏の世話をしている中年の女で、肝が据わっていて口が達者だ。
「まだある? もう一枚食べたい」
ヘルマンが箕の底に残った最後の一枚を取ろうとして、ヒルダと手がぶつかった。
「俺が先だ」
「私が先よ」
二人が睨み合っている。たかがポテトチップスの最後の一枚で。
ユーリが笑いながら言った。
「テッペイ、足りないぞ。もっと作れ」
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翌日、ヒルダが俺を呼びに来た。
「ちょっと来な。裏手の果樹に嫌なもんが付いてる。落とす前に一応聞くけど——あんた、こういうのも使うのかい」
案内された枝の付け根に、小さな塊が張りついていた。蜂が忙しそうに出入りしている。
蜂蜜。
市場町で、蜂蜜の焼き菓子が贅沢品だと聞いた。それが、村のすぐ近くにある。
「ヒルダ。落とすな。飼う」
「……は?」
ヘルマンのところに行った。
「ヘルマン、箱を一つ作ってくれ。木の板で組んだ、中が空洞のやつだ。蜂が出入りできる穴を一つだけ開けて、上蓋が取れるようにしてくれ」
「何に使うんだ」
「蜂を飼う」
ヘルマンが怪訝な顔をした。
「蜂を飼うって、あの刺す虫をか」
「蜂は蜜を集める。その蜜がほしい」
「蜜くらい、巣を壊せば取れるだろう」
「壊したら一回きりだ。箱に住まわせれば、何度でも蜜が採れる」
ヘルマンの目が変わった。大工は合理性に弱い。
「わかった。作ってやる」
三日後、巣箱ができた。素朴な木箱だが、しっかりした作りだ。上蓋が外れるように蝶番はないが、嵌め込み式になっている。
巣箱を果樹の近くに設置した。入り口に蜂蜜を少し塗っておく。前の世界のテレビで見た養蜂家が、そうやっていた記憶がある。
蜂が巣箱に入り始めた。最初は偵察だ。数匹が入り口を調べて、戻っていく。三日後には、本格的に出入りが始まった。巣を作っている。
蜂蜜が採れるようになるまでには時間がかかるだろう。だが、急ぐ必要はない。畑の花はこれから増える一方だ。蜜源には困らない。楽しみに待とう。
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巣箱を仕掛けた翌日、別のことを思いついた。
卵だ。
この村には鶏がいる。数は少ないが、毎日いくつかは卵が採れている。今まで村の連中は茹でてそのまま食っていた。塩すら振らずに。
「ヒルダ、今日の卵を五つくれ」
「いいけど、何に使うんだい」
「新しい料理を作る」
ヒルダが卵を持ってきた。小さめだが、殻がしっかりしている。
まず試したのは、卵焼きだ。ナッツ油を鍋に引いて、溶いた卵を流す。塩を少々。箸がないから木の棒二本で巻くように焼いた。不格好だが、形になった。
ユーリに食わせた。
「……何だこれ。卵ってこんな味がするのか」
「油で焼くと味が変わるだろう」
「変わるなんてもんじゃない。別の食い物だ」
次。ラッケルを細く切って、ナッツ油で揚げた。フライドポテトだ。太めに切って、低温でじっくり。仕上げに高温でカリッとさせたいが、鍋が一つしかないから二度揚げはできない。それでも、外はカリッ、中はホクホク。塩を振る。
カイルが一本食べて固まった。
「テッペイ。これ、ポテトチップスより旨くないか」
「好みの問題だな。だが、こっちの方が腹にたまる」
ポテトチップスは軽い。おやつ向きだ。フライドポテトは主食に近い。満足感が違う。
そして、もう一つ。カブを輪切りにして、ナッツ油で揚げてみた。衣はつけない。素揚げだ。
甘い。カブの甘みが油で引き出されて、ほくほくとした食感になる。塩を振ると、甘みと塩気のバランスが絶妙だ。
「揚げるだけで、こんなに味が変わるのか」
ユーリが感心している。
この世界の人間は、油で揚げるという調理法を知らない。素材は同じでも、揚げるだけで別物になる。これは大きな武器だ。
問題は油の消費量だった。揚げ物は大量の油を使う。ナッツ油の搾油が間に合うか。今は俺とユーリとカイルの三人で搾っているが、商品化するなら倍の量が必要になる。
「ナッツの実、もっと集めないとな」
「裏手の林にはまだいくらでもある。婆さんたちに声をかければ、拾うのを手伝ってくれるだろう」
村の年寄りも戦力になる。拾うだけなら力仕事じゃない。
少しずつだが、村全体が動き始めている。
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だが。
夜、焚き火の前で一人になった時、本音が出た。
ガルドが横に座っている。今夜焼いた魔物のロースの骨を齧っている。
「ガルド。正直に言うぞ」
ガルドが顔を上げた。
「俺は、ポテトチップスもフライドポテトも卵焼きも旨いと思う。だが、本当に作りたいのはこれじゃない」
ガルドが首を傾げた。
「コロッケが作りたい。メンチカツが作りたい。豚の角煮が作りたい。牛すじの煮込みが作りたい。肉の旨さを全部ぶち込んだ、腹の底から満足する飯が作りたい」
ガルドの尻尾が揺れた。肉という単語に反応したのだ。
「この世界では肉は禁忌だ。市場で売ったら終わりだ。だが——」
焚き火の炎を見つめた。
「村の中でなら、どうだ。ここでは俺たちが食ってるのを知ってるのはベルントと村の連中だけだ。外に出さなきゃバレない」
この村は辺境の中でもさらに奥にある。市場町まで徒歩で二日。近隣の集落もない。ゲルハルトが月に一度来る以外、外から人が訪ねてくることなんてまずない。肉を焼く匂いがしたところで、嗅ぐ奴がいない。
ガルドが鼻を鳴らした。賛成しているのか、肉を催促しているのか、よくわからない。
「外で売る商品は芋と卵の加工品だけにする。肉を使ったものは村限定だ。禁忌には触れることになるが、こいつらはもう俺の焼いた肉を食ってる。今さら拒む奴はいないだろう」
頭の中で、もう一つの商品が形を取り始めていた。
ラッケルを茹でて潰す。そこに挽いた魔物の肉を混ぜる。衣をつけて、ナッツ油で揚げる。
コロッケだ。
芋と肉の比率を変えれば、見た目は芋の揚げ物だ。中に肉が入っているとは、外からはわからない。
明日、作ってみよう。
ガルドの尻尾の振りが最高潮に達した。野生の勘で察知したのか、これから旨いものが生まれる気配を感じ取ったのか。
「お前は食うだけだろうが」
ガルドが俺の手に鼻を押しつけてきた。肉の残り香を嗅いでいる。
焚き火の煙が夜空に昇っていく。星が多い。
肉屋は肉を焼く。それだけは、どの世界でも変わらない。




