第17話:魔法と魔物
帰り道は、行きより足が軽かった。
背負い籠には種と苗が入っている。行きの重たいドレッシング瓶の代わりに、未来の作物が詰まっている。懐には銀貨二十二枚。村に持ち帰れば、鉄の矢先も買える。弩の部品も新調できる。
ユーリが隣を歩いている。こいつがこっそりついてきたおかげで、商売がうまくいった。怒る気にはなれない。
「ユーリ、帰ったらベルントには自分で言えよ」
「わかってる。殴られるかもしれん」
「殴られるだけで済めばいいな」
ユーリが苦笑した。
街道は南へ真っ直ぐ伸びている。行きと同じ道だ。両側の草原が風に揺れて、遠くの山が少しずつ近づいてくる。
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二日目の昼過ぎだった。
村まであと半日という辺りで、ユーリが足を止めた。
「テッペイ、聞こえるか」
耳を澄ませた。風の音に混じって、何かが聞こえる。金属がぶつかる音。低い唸り声。それから、空気を裂くような鋭い音。
「戦闘だ」
ユーリが身を低くした。俺もそれに倣う。
街道を外れて、林の縁に身を隠しながら音のする方向に進んだ。丘の向こう側だ。
丘の上から覗くと、開けた草原で戦いが起きていた。
四人の騎士がいた。行きにすれ違ったあの連中だ。バイエル家の鷹の紋章を胸につけた鎧の男たち。
相手は魔物だった。二頭。牛ほどの大きさで、背中に灰色の鱗がびっしりと生えている。口からは白い蒸気が漏れている。
騎士の一人が剣を構えて、魔物の正面に立った。囮だ。魔物の注意を引きつけている。
もう一人が横に回り込んだ。剣を振り上げる。だが、鱗が硬い。刃が弾かれた。
三人目の騎士が、後方に下がった。
その騎士が右手を前に突き出した。
光った。
手のひらから、青白い光が噴き出した。光は一瞬で魔物に到達し、鱗の隙間に突き刺さった。魔物が悲鳴を上げてのけぞった。
「……何だ、あれは」
俺は目を疑った。
もう一発。今度は別の騎士が両手を組んで、地面に叩きつけた。地面が波打つように隆起して、魔物の足を絡め取った。動けなくなった魔物に、剣を持った騎士が首を斬り落とした。
二頭目も同じだった。光で怯ませ、地面で拘束し、剣でとどめを刺す。
連携が完璧だった。訓練された動きだ。
「ユーリ」
声が震えていた。
「今のは……魔法か」
ユーリは黙って頷いた。驚いている様子はない。知っていたのだ。
「魔法があるのか。この世界には」
「テッペイ、お前、本当にどこから来たんだ」
ユーリが呆れた顔で俺を見た。
「魔法は、この世界では常識だ。ただし、使えるのは限られた人間だけだ」
「限られた人間?」
「貴族だ。魔法の才能は生まれつきのもので、特定の血筋にしか宿らない。魔法を使えるから貴族になったのか、貴族だから魔法が使えるのか、順番は知らん。だが、結果は同じだ。魔法を使える奴らが力を持ち、使えない俺たちは従うしかない」
なるほど。身分制度の根拠が魔法なのか。日本の武士が刀を持てたのと似ている。
「平民で魔法を使える奴はいないのか」
「聞いたことがない。たまに噂は流れるが、そういう奴は大抵、貴族に引き取られるか、消される」
消される。物騒な話だ。
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戦闘が終わった。騎士たちは剣を鞘に収め、馬のところに戻った。
そこからが、気になった。
騎士たちは倒した魔物の死骸に近づいた。そして荷台を引き寄せ、死骸を積み始めた。紐で縛り、布をかけて隠す。
「ユーリ」
「見てる」
「あいつら、魔物を……運んでるのか?」
そのまま騎士たちは馬を走らせて、市場町とは別の方角へ消えていった。
「ユーリ、退治した魔物って普通どうするんだ」
「焼くか、埋めるかだ。死骸を放っておくと他の魔物を呼ぶからな」
「だよな。なんでわざわざ持っていくんだ」
ユーリは首を振った。
「わからん。だが、テッペイ。貴族が何をしていようと、俺たちには関係ない。見なかったことにしろ」
ユーリが俺の腕を掴んでいた。
「……ああ。見なかったことにする」
ユーリが頷いた。二人とも黙って、村への道を歩き始めた。
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村の柵が見えた時、ガルドが走ってきた。
尻尾を振って、俺の顔を舐め回す。二日間、肉を焼いてもらえなくて不満だったのだろう。
「ただいま、ガルド。今夜は旨い肉を焼いてやる」
尻尾の振りが倍になった。
ベルントが門の前で待っていた。ユーリを見て、眉が上がった。
「ユーリ。お前、なぜテッペイと一緒にいる」
ユーリが観念した顔で事情を説明した。ベルントは黙って聞いていた。それから、ユーリの頭を拳で一発殴った。
「勝手な行動をするな」
「すいません……」
「だが」
ベルントはユーリを見下ろして、少しだけ口元を緩めた。
「よくやった」
ユーリが目を丸くした。褒められるとは思っていなかったのだろう。
俺はベルントに売上を報告した。銀貨二十二枚。市場町の様子。ラッケルの種。新しい商品の計画。
騎士のことは、言わなかった。
ベルントは銀貨を手に取って、しばらく見つめていた。
「テッペイ。この村に金が入ったのは、何年ぶりだろうな」
「これからはもっと入る。毎月、市場に行く」
ベルントが頷いた。
「お前が来てから、この村は変わった。いい方向に変わっている。だが——」
「だが?」
「変わるということは、目立つということだ。忘れるな」
ベルントの目が鋭かった。
「わかってる」
わかっている。商売が大きくなれば、目をつけられる。村が豊かになれば、誰かが嗅ぎつけてくる。
だが、止まるわけにはいかない。止まったら、この村はまた元に戻る。ゴブリンに怯え、痩せた畑に縋り、若い衆の日雇いで食いつなぐ日々に。
ガルドが横で座っている。尻尾が揺れている。肉を待っている。
「よし、ガルド。約束通り、今夜は特別だ」
焚き火を起こした。魔物の肉を切り分けて、串に刺して焼く。肉の匂いが広がると、村中から人が集まってきた。
こうして、市場町から帰った夜は、村の宴会になった。
銀貨二十二枚の重み。新しい種の可能性。そして、あの騎士たちの行動。
頭の隅に、小さな引っかかりが残った。




