第11話:魔物の肥料
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翌朝、畑を見回った。
前回のゴブリン襲撃では畑の半分が踏み荒らされた。今回は端の一区画だけで済んだ。弩と罠の効果だ。だが、改めて畑を見ると、別のことが気になった。
痩せている。
土が灰色だ。作物の葉は小さく、色が薄い。カブを引き抜くと、拳半分の大きさしかない。
「ベルント、この畑はずっと同じものを植えてるのか」
「カブと豆と黒麦を交互に。俺の親の代からだ。三十年以上になる」
連作障害だ。同じ作物を同じ土地に植え続ければ、土の栄養が偏って痩せていく。農家じゃないから詳しくはないが、商店街にいた頃、八百屋の親父がそんな話をしていた。
「肥料を撒く習慣はあるか」
「肥料?」
「畑に養分を足すんだ。堆肥とか」
ベルントは首を振った。
「種を蒔いて、水をやって、祈る。それだけだ」
祈るだけか。
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まず、腐葉土から始めた。
森の奥に入ると、足元に分厚い落ち葉の層がある。何年も積み重なって、下の方はもう土に近い状態になっている。黒っぽくて、手で握ると水分を含んでしっとりする。
商店街の三軒先に花屋があった。そこの親父がよく裏庭で腐葉土を作っていた。「花の育ちが全然違うんだ」と自慢していた。
ユーリと若者を二人連れて、森から腐葉土を運んだ。背負い籠で何往復もして、畑の表土に混ぜ込む。
一週間後、変化が出た。灰色だった土が黒みを帯びてきた。カブの葉の色が少しだけ濃くなった。
「こんなに柔らかい土は見たことがない」
ベルントが畑にしゃがみ込んで、土を手で掬った。
だが、俺の目には足りなかった。土の質は改善された。だが、作物の成長を劇的に変えるには、肥料成分が足りない。腐葉土は土壌改良材としては優秀だが、窒素やリン酸が少ない。もっと栄養のある肥料が必要だ。
人糞を使うしかない。日本でも江戸時代は人糞を肥料にしていた。
ベルントに相談したら怪訝な顔をされたが、腐葉土で土が変わったのを見ている。すぐに頷いてくれた。
畑の一画に試しに撒いた。効果はあった。カブの成長が少し早くなった。だが、問題は量だった。八十三人の村では、広い畑をまかなうだけの量が圧倒的に足りない。
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ある日、ガルドとの狩りの後、ドライホルンを解体していて思いついた。
骨を砕いている時だった。骨粉は畑に使えるんじゃないか。リン酸が含まれているはずだ。それに内臓も、血も。全部有機物だ。土に還れば肥料になる。
今まで、ガルドの取り分を引いた後の骨や余った内臓は、森に捨てていた。もったいない。
試してみた。
ドライホルンの骨を細かく砕いて、畑の一画に撒いた。余った内臓と血も混ぜた。隣の畝には何も撒かず、比較用にした。
五日後。
骨と内臓を撒いた畝のカブが、明らかにおかしかった。
隣の畝のカブが握りこぶしほどの大きさなのに、魔物の骨を撒いた畝のカブは、もう両手で抱えるほどに膨らんでいた。葉も青々として、茎が太い。人糞堆肥の畝とは比較にならない成長速度だ。
「なんだ、これは」
ユーリの声がひっくり返った。
ベルントが畑にしゃがみ込んで、カブを引き抜いた。ずしりと重い。割ってみると、中まで真っ白で、みずみずしい。味見すると甘みが強い。
「テッペイ。お前、畑に何を入れた」
「ドライホルンの骨と内臓だ」
ベルントの顔が強張った。魔物の残骸を畑に。六十年の常識がまた壊されている。
俺も驚いていた。いくら動物性堆肥が効くとはいえ、五日でこの成長はおかしい。日本で骨粉を肥料に使っても、こんな即効性はない。
他の作物でも試した。黒麦の種を魔物肥料の畝に蒔くと、三日で芽が出た。一週間で膝の高さまで伸びた。通常なら一ヶ月以上かかるはずだ。
何かがおかしい。
食べれば傷が治る。畑に撒けば作物が爆発的に育つ。
魔物の肉には、何か特別な力がある。
だとしたら。こんな素晴らしい効果があるのに、なぜこの世界では肉食が禁忌にされているのか。危険だから禁止した、という理屈はわからなくもない。だが、それだけなら「狩りの禁止」で済む話だ。肉食そのものを穢れだの不浄だのと言って、食べること自体をタブーにする必要はない。
何かある。危険だからという理由だけじゃない、別の何かが。
だが今は、そんなことを考えている余裕はない。
畑が充実し始めた。カブは拳三つ分の大きさまで育ち、黒麦は穂が重くて茎がしなっている。収穫量は村の人間が食べても余り始めた。
土を変えた。食を変えた。体が変わった。戦えるようになった。
だが、ベルントの言葉が頭から離れない。
「飯だけでは村は守れん」
稼ぐ手段がいる。国に認めさせるだけの価値がいる。この村にしかないものを、外に売らなければならない。
カブや黒麦をそのまま売っても、隣の村でも作れるものに大した値はつかない。差別化が必要だ。黒田精肉店が大型スーパーに勝てなかったのは、値段で勝負したからだ。
この村にしかないもの。
調味料がある。森胡椒、地辛、赤酢。この三つは、少なくとも俺が知る限り、この辺りの深い森でしか採れない。そしてこの世界の人間は、調味料という概念をほとんど知らない。
素材だけじゃない。味をつけて売る。精肉店時代に学んだことだ。肉だけ並べても客は減る一方だった。コロッケやメンチカツを揚げてショーケースに並べた途端、売上が変わった。素材を加工して、すぐ食べられる形にして出す。
だが、もう一つ足りないものがある。
油だ。
ドレッシングを作るにも、パンに塗るにも、油がなければ話にならない。この村にはバターも油もない。
腕を組んで、魔物肥料で青々と育った畑を見渡した。一ヶ月前、灰色の痩せた土地だったとは思えない。
やることが、また増えた。
——食べれば傷が治り、撒けば畑が化ける。こんな肉を、なぜこの世界は捨てている?
疑問は、肥え太ったカブと一緒に、土の下で育ち始めていた。
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