第10話:弩と牙
※ここから徐々に、単なる飯テロから『村づくり』『商売』のフェーズへと拡大していきます!
ガルドが夜中に唸った。
小屋の外に出ると、森の方角に緑色の光がちらちらと揺れていた。一つ、二つ、三つ。ゴブリンの目だ。
翌朝、ベルントに報告した。
「昨夜、森の端にゴブリンがいた。三匹、こちらを見ていた」
ベルントの表情が硬くなった。
「偵察だな。群れが来る前触れだ。次の新月まで十日もない」
「前回と同じ規模か」
「わからん。前回、銀狼に蹴散らされた。報復で数を増やしてくることもある」
前回は四十匹だった。ガルドがいなければ負けていた。ガルドに頼るだけでは、いつか限界が来る。
「ベルント、武器を作りたい」
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村の戦力を数えてみた。
戦える年齢の男はユーリを含めて二十人もいない。弓がまともに使えるのはユーリだけ。残りは鎌や棍棒を持つのがやっとだ。女と子供と年寄りが大半で、彼らは逃げるしかない。
ガルドは一頭で十匹以上を相手にできる。だが五十匹が来たら、ガルドだけでは足りない。人数を増やすしかない。だが、力のない人間に剣や弓を渡しても使えない。弓は引くだけで腕力がいる。
力がいらない武器。引き金を引くだけで矢が飛ぶ武器。
あった。
海外のゾンビドラマで見たことがある。恵子が好きで付き合って見ていたやつだ。主人公の相棒がクロスボウを使っていた。弓を横にして台に固定した武器で、引き金を引くだけで矢が飛ぶ。あの男がやたらかっこよくて、武器の形だけは頭に残っている。
弩だ。弩を作ろう。
形はなんとなく覚えている。だが、俺一人では作れない。
村に大工仕事ができる老人がいた。ヘルマンという六十過ぎの男で、村の家の修繕を一手に引き受けている。木工の腕は確かだ。
「こういうものを作りたい」
地面に覚えている限りの図を描いた。正確じゃない。だが、原理は伝わったらしい。
ヘルマンは黙って図を見ていた。それから地面にしゃがみ込んで、自分でも線を描き足し始めた。
「弓を横にするのか。考えたこともなかった。だが、留め具で弦を止めて引き金で外す仕組みは、わしが作った納屋の扉の掛け金と同じ原理だ。これなら作れる」
大工は留め具やかんぬきの仕組みを毎日使っている。テコの原理も、重い梁を持ち上げるのに使っている。理屈はわかるのだ。
「力のない人間でも弦を引けるように、ここに足をかけて体重で引く仕組みにしたい」
俺は肉屋時代のことを思い出しながら言った。店にあった手回し式の肉挽き機は、ハンドルを回すと歯車が噛み合って肉を押し出す。力を効率よく伝える仕組みは、原理は同じだ。
「引き金の部分が難しいな。木だけじゃ強度が足りん」
「錆びた斧を潰して使えないか」
ヘルマンが考え込んだ。それから頷いた。
「やってみよう」
最初の一丁は失敗した。弦を止める留め具が弱くて、引き金を引く前に外れた。二丁目は弓の木が折れた。三丁目でようやく、まともに矢が飛んだ。そこから改良を重ねて、五日で五丁を仕上げた。弓の部分は森で採った弾力のある若木を使った。弦はドライホルンの腱を乾燥させて撚ったもの。台座と溝は硬い木を削り出した。引き金の機構はヘルマンが錆びた斧を鍛冶場で叩いて形にした。
精度は悪い。だが動く。
矢は木の棒の先を尖らせただけの粗末なものだ。石の欠片を先端に縛りつけた。鉄の矢先があれば殺傷力は上がるが、鉄がない。一人十本ずつ、合計五十本。これが全弾だ。無駄撃ちはできない。
試射してみた。
十歩先の木に向けて引き金を引いた。矢は木に刺さった。深さは指一本分。ゴブリンの皮膚を貫くには十分だ。
ベルントが弩を手に取って、構造を確認していた。弦を引く。引き金を引く。矢が飛ぶ。
「こいつは……力がいらんな」
「そうだ。撃ち方を覚えれば、誰でも戦力になれる」
ミーナの母親を含めた女性三人と、老人二人に弩を持たせることにした。柵の後ろから撃つ。近づいてくるゴブリンに矢を浴びせる。当たらなくてもいい。足止めになればそれでいい。
だが、ミーナの母親は震えていた。練習の時から、弦を引く手が止まる。引き金に指をかけても、撃てない。
「無理です。私には……」
「無理しなくていい。その時は後ろに下がれ」
強制はしない。戦えない人間に戦えとは言わない。
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柵も修繕した。前回壊れた三か所を直し、さらに柵の手前に罠を三つ仕掛けた。じいちゃん仕込みの吊り罠と、落とし穴だ。
ユーリのアイデアで、肉の匂いを使った誘導路も作った。ドライホルンの血を布に染み込ませて、森の入り口から罠の方向に点々と配置する。ゴブリンは血の匂いに敏感だ。匂いを辿れば、自然と罠の方向に流れるはずだ。
新月の夜が来た。
前回と同じだ。日が沈み、子供と動けない年寄りは森の奥に避難させた。だが今回は、弩を持った女性と老人が柵の内側に残っている。そして、残った男たちの顔色が前回とは違う。骨スープとパン粥で体に肉がついた。目に力がある。
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来た。
柵の向こうに、緑色の目が次々と現れる。前回より多い。五十はいる。
ゴブリンが駆け出した。甲高い叫び声を上げて、柵に殺到する。
先頭の五匹が落とし穴にはまった。悲鳴が上がる。後続が混乱して立ち止まる。
「撃て!」
柵の後ろから四本の矢が飛んだ。ミーナの母親の弩だけが沈黙している。四本中一本がゴブリンの肩に刺さった。転がる。だが、すぐに起き上がった。ゴブリンの群れは止まらない。
そこにガルドが突っ込んだ。闇の中で銀色の巨体だけが光って見えた。ゴブリンの群れに飛び込む。一匹、二匹、三匹。ガルドの牙と爪が閃くたびに、緑色の小鬼が吹き飛ぶ。
だが五十匹は多すぎた。ガルドが前方で暴れている間に、群れが左右に分かれて迂回し始めた。罠のない方角から柵に殺到する。
柵が軋んだ。木の杭が折れた。ゴブリンが三匹、柵を越えて村の中に入り込んだ。
ユーリが立ちはだかった。鎌を振り下ろす。ゴブリン一匹の首を叩いた。振りが速い。力が強い。一ヶ月前のユーリじゃない。
他の若者たちも加勢した。棍棒を持ったオルト、斧を握ったカイル。みんな動きが違う。反応が速い。踏ん張りが効く。肉を食い始めてから、こいつらの体が確実に変わっている。
だが、数に押されていた。柵を越えてくるゴブリンが止まらない。
そのとき。
柵の隙間から飛び込んできた一匹のゴブリンが、まっすぐに広場の方へ走った。避難所の方向だ。ミーナがいる場所だ。
悲鳴が上がった。ミーナの泣き声だった。
「ミーナ!」
母親の声が裏返った。弩を握り締めている。さっきまで震えて撃てなかった手が、白くなるほど強く握っている。
母親が走った。柵の後ろから飛び出して、ゴブリンを追った。ミーナの前に立ちはだかって、弩を構えた。距離は五歩。ゴブリンが飛びかかろうとしている。
引き金を引いた。
矢がゴブリンの喉を貫いた。
ゴブリンが倒れた。母親の足元に崩れ落ちた。
母親は弩を落として、ミーナを抱き締めた。二人とも泣いていた。
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ガルドが吠えた。腹の底に響く咆哮だった。ゴブリンたちの動きが止まった。前回の恐怖を思い出したのか、先頭の十匹が向きを変えて逃げ始めた。それにつられて、残りも我先にと森に逃げ帰っていく。
追わなかった。深追いは危険だ。
終わった。
五十匹のうち、倒したのは半数ほどだ。落とし穴で五匹。ガルドが十匹ほど。弩で数匹。村人が数匹。残りは逃げた。
死者はゼロ。怪我人はユーリの左腕に深い引っ掻き傷、カイルは額を切って血が流れている。ガルドの前脚にも切り傷がある。柵は三ヶ所が破壊された。弩は五丁中二丁が壊れた。
勝ったのに、誰も笑っていなかった。
もし六十匹来ていたら。もしガルドがいなかったら。
ベルントが焚き火の前に座って、壊れた弩を見つめていた。
「次はもっと来る」
「ああ」
「この柵じゃ持たん。武器も足りん。弩も、もっとまともなものが要る」
「そのためには、金がいる」
ベルントが頷いた。
「この村は六十年前からゴブリンに襲われ続けている。辺境伯に何度も兵を送ってくれと頼んだ。だが税も満足に納められんような村に、誰が兵を割く。俺たちはこの領地にとって、いてもいなくてもいい人間なんだ」
ベルントはそれだけ言って、去っていった。
背中を見送りながら思った。飯は旨くなった。体力も上がった。弩も作った。だが、それだけだ。この村は相変わらず貧しく、辺境で、領主からは見捨てられている。
村の価値を上げなければ。国に「この村を守る意味がある」と思わせるだけの何かが必要だ。
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