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放課後ノイズの終わらせ方  作者: 甘めの鯨肉
放課後戦争編
9/11

第八話 崩れる音


 放課後の教室は、妙に静かだった。


 昨日のことを、みんな少し引きずっている。


 窓は開いているのに風がない。


 机の上にはペンキ缶と黒マジック。床には切りっぱなしの段ボール。教室後ろの《沈黙病棟》だけが、やけに完成へ近づいていた。


「……これ、ここで合ってる?」


 陽花が黒布を持ったまま聞く。


「たぶん」


 蓮が答える。


 その声が少し掠れていた。


 瑠美音はカッターを動かす手を止める。


 ノイズが近い。


 前よりずっと。


『失敗する』

『また』

『見られてる』

『ちゃんとしないと』


 細い感情が、ずっと蓮の周りで軋んでいる。


「朝倉」


 陽太が椅子へ座ったまま言う。


「今日休めば」


「平気平気」


 返事が早い。


 蓮はそのまま笑おうとして、少しだけ失敗した。


「昨日ちょっとヤバかっただけだから」


「ちょっとではなかったでしょ」


 陽花が小さく言う。


 空気が少し止まる。


 蓮は一瞬だけ黙って、それから苦笑いした。


「……悪い」


「謝んなくていいけど」


 陽花は黒布を机へ置いた。


 でもその声は、昨日までより少し慎重だった。


 瑠美音は視線を落とす。


 わかってしまう。


 陽花も怖がってる。


 みんな少しずつ、蓮を気にしている。


 その空気を、蓮自身も感じ取っていた。


     ◇


 作業が進むにつれて、教室の空気は少しずつ重くなっていった。


 誰かがガムテープを剥がす音。


 机を引く音。


 廊下の笑い声。


 全部が妙に響く。


 瑠美音は小さく眉を寄せた。


 頭が痛い。


 ノイズが多い。


「白峰さん?」


 陽花が顔を覗き込む。


「大丈夫?」


「……まぁ」


 その時。


 ガタン、と大きな音がした。


 全員が振り返る。


 蓮がペンキ缶を倒していた。


 黒いペンキが床へ広がる。


「あ……」


 蓮が固まる。


 数秒、誰も動かなかった。


『また』

『最悪』

『やった』

『迷惑』


 ノイズが急に尖る。


「大丈夫大丈夫、拭けば済むし」


 陽花が慌てて雑巾を探す。


 でも蓮は動かなかった。


 ペンキを見たまま、呼吸だけが浅くなっていく。


「朝倉」


 陽太が立ち上がる。


 その瞬間。


 びり、と窓ガラスが鳴った。


 空気が張る。


 教室の奥で、誰かが息を呑んだ。


『うるさい』

『見んな』

『静かにして』


 ノイズが溢れる。


 ペンキ缶が小さく震えた。


「朝倉?」


 陽花の声が強張る。


 蓮は俯いたまま、震える手で頭を押さえていた。


「……ごめ」


 声が掠れる。


 次の瞬間。


「静かにしてくれ」


 低い声だった。


 その瞬間。


 教室中の窓が、一斉にびり、と鳴った。


 机が揺れる。


 電気が明滅する。


 ペンキ缶が倒れて転がった。


 誰かが小さく悲鳴を上げた。


 空気そのものが軋んでいる。


「っ、朝倉!」


 陽花が後ずさる。


 顔が青い。


 蓮自身も、自分で何をしたのかわかったらしい。


 息が乱れている。


『止まれ』

『嫌だ』

『違う』

『壊れる』


 ノイズが暴れていた。


「朝倉!」


 陽太が前へ出る。


 低い声。


 でも今回は、すぐ静まらない。


 窓ガラスがまだ震えている。


 教室の空気も重いまま。


 瑠美音は息を呑む。


 止まってない。


 陽太の“静けさ”でも、完全には。


「こっち見ろ」


 陽太が蓮の肩を掴む。


「呼吸」


 短い声。


 蓮は苦しそうに息を吸った。


 数秒。


 長い沈黙。


 それから少しずつ、窓の震えが止まっていく。


 電気の明滅も収まる。


 教室が静かになる。


 でも。


 誰もすぐには動けなかった。


     ◇


 しばらくして、対策課が来た。


 黒い制服。


 低い声。


 廊下の向こうで、九条が何か説明している声が聞こえる。


「今回は記録だけで済ませる」


 対策課の男が静かに言った。


「だが、次は保証できない」


 蓮は俯いたまま何も言わない。


 陽花も黙っていた。


 さっきまでの文化祭の空気は、もう残っていなかった。


     ◇


 対策課が帰ったあと。


 蓮は「少し休む」とだけ言って、先に教室を出ていった。


 閉まった扉を、誰もすぐには見なかった。


 片付けも途中のまま。


 教室には、変な静けさだけが残っている。


「……甘いもの食べたくない?」


 陽花がぽつりと言った。


 無理やり明るくしようとしてる声だった。


 陽太が小さく息を吐く。


「売店もう閉まってる」


「じゃあコンビニ」


「学園内しかないけど」


「それでもいいから」


 陽花はそう言って、黒マジックへ蓋をした。


     ◇


 学園内のコンビニは、夜になると人が少ない。


 白い蛍光灯。


 小さく流れている店内放送。


 レジ横の肉まんケースから湯気が上がっている。


 陽花はアイスの棚を開けたまま、


「なんかもう今日疲れた……」


と呟いた。


「それはそう」


 陽太がカゴへ適当に飲み物を入れる。


 瑠美音は温かい紅茶を手に取った。


 店の中は静かだった。


 でも。


 静かすぎる。


 いつも四人だった空気が、一人欠けただけで妙に広い。


「……朝倉、大丈夫かな」


 陽花が小さく言う。


 その言葉のあと、少し沈黙が落ちた。


「寝れば多少マシになるだろ」


 陽太が言う。


 いつも通りの声だった。


 でも今日は少しだけ低い。


「……そうかな」


 瑠美音は呟く。


 自分でもわかっていた。


 あれはもう、“疲れてる”だけじゃない。


 陽花のスマホが震えた。


「あ」


 画面を見る。


 数秒、陽花が黙る。


「朝倉?」


 陽太が聞く。


「……“悪い、今日は戻る”だって」


 短いメッセージだった。


 誰もすぐには返事を打たなかった。


 コンビニの冷蔵ケースが低く唸っている。


 遠くで、誰かが電子レンジを使う音がした。


     ◇


 外へ出る。


 夜の学園は広かった。


 街みたいに灯りはあるのに、人の気配が少ない。


 寮棟の窓だけがぽつぽつ光っている。


 三人で並んで歩く。


 でも、会話はほとんどなかった。


 風が吹く。


 校舎の窓が、遠くで小さく鳴った気がした。


 瑠美音は足を止めかける。


 暗い校舎を見る。


 昼間までいた教室は、もう真っ暗だった。


 なのに。


 まだ何かが残っている気がする。


 放課後が、少しずつ壊れていく。


 そんな感じがした。

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