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放課後ノイズの終わらせ方  作者: 甘めの鯨肉
放課後戦争編
7/11

第六話 外出許可

 文化祭まで、あと九日。


 放課後の教室は、ペンキと湿気の匂いが混ざっていた。


 窓の外は曇り。雨が降りそうで降らない空だった。


「黒布足りなくない?」


 陽花が棚を覗き込みながら言う。


「昨日めっちゃ使ったしな」


 床には作りかけのパーテーションが並んでいた。


 文化祭の出し物である《沈黙病棟》は、少しずつ形になってきている。


「買い出し行く?」


 蓮が段ボールを切りながら顔を上げる。


「行くしかないかぁ……」


 陽花は少し考えてから、自然みたいな顔で瑠美音を見る。


「白峰さんも来て」


「なんで」


「荷物持ち」


「陽太いるじゃん」


「御影くん途中で消えるし」


「人を迷子の子供みたいに言うなよ」


 陽太が椅子を揺らしながら言う。


「前勝手にゲーセン行ってたじゃん」


「十分で戻った」


「三十分ね」


「誤差だろ」


「でかい」


 陽花は即答した。


 蓮が少し笑う。

 その笑い方は前より自然だった。


 でも時々、急に静かになる。


 瑠美音は、それに気づいてしまう。


『また失敗したら』

『ちゃんとしないと』


 細いノイズがまだ残っていた。


「白峰さん?」


 陽花が覗き込む。


「聞いてる?」


「……行けばいいんでしょ」


「やった」


     ◇


 学園の外へ出るには許可証がいる。


 正門横の管理ゲートで、生徒証を読み取る音が鳴った。


 外へ出るのは久しぶりだった。


 街の空気は、学園の中と少し違う。


 人が多い。


 音も多い。


 車の音。信号音。遠くの笑い声。


 頭の奥が少し重くなる。


「白峰さん大丈夫?」


 陽花が歩幅を落とす。


「顔白い」


「元から」


「今ちょっと違う」


 瑠美音は返事をしなかった。


 最近、学園の外は前より疲れる。

 感情が多い。


 ざわざわしている。


「なんか久々に外出た気するなー」


 陽花が空を見上げる。


「ちょっとテンション上がるね」


「修学旅行前の子供みたい」


「子供扱いかよ〜」


「実際まだ高校生」


「そうなんだけどさ!」


 陽花は笑っていた。

 その横顔は、まさしく普通の高校生だった。


 識能とか暴走とか、関係ないみたいに。


     ◇


 ホームセンターを出た頃には、空がかなり暗くなっていた。


 陽花は黒布の入った袋を抱えながら、


「ぜったい雰囲気良くなるよこれ」


と、ニコニコと笑みを浮かべながら、るんるんと足取り軽く歩いている。


「また装飾増やす気?」


「多少はね」


「多少で済んだ試しない」


 駅前へ近づいたところで、


「あれ」


 陽花が声を上げた。


 駅前のコンビニ前。


 陽太がコンビニ袋を片手に立っていた。


「なんでいるの」


「暇だったから」


「絶対途中でどっか行ってたでしょ」


「バレた」


 陽太は悪びれもなく言う。


「買い出し付き合う意味あった?」


「ちゃんと戻ってきたからセーフ」


「アウトなんだよなぁ」


 陽花が呆れたみたいに笑う。


 その時だった。


 ざわ、と空気が揺れる。


 瑠美音は反射的に顔を上げた。


 人だかり。


 妙なざわめき。


『やばい』

『怖い』

『離れて』

『また?』


 一気にノイズが流れ込んでくる。


 頭の奥が痛い。


 次の瞬間。


 ガシャン、と大きな音が響いた。


 広場の街灯が明滅する。


 中心にいた男が、頭を押さえながら蹲っていた。


『うるさい』

『消えろ』

『無理』

『全部』


 感情が漏れている。


 周囲の空気まで歪んでいた。


「識能暴走……?」


 陽花の声が少し震える。

 男の周囲で、街灯がまたちらつく。


 まずい。


 瑠美音が一歩前へ出かけた、その時。


「下がって」


 低い声。


 陽太だった。


 コンビニ袋をその場へ置いて、前へ出る。


「陽花、白峰連れて離れてて」


「でも」


「大丈夫」


 短い声だった。


 でも、その声を聞いた瞬間だけ、頭の奥が少し静かになる。


 陽太が男へ近づく。


 周囲のざわめきが遠くなる。


 ノイズも、少しずつ薄い。


 男は荒い呼吸のまま顔を上げた。


 陽太はその前で止まる。


「落ち着いて」


 大きい声じゃない。


 なのに。


 暴れていた感情が、少しずつ静まっていく。


『……あ』

『違う』

『苦しい』


 ノイズの温度が変わる。


 尖っていた感情が、ゆっくり落ちていく。


 街灯の明滅が止まる。


 周囲から、安堵した空気が漏れた。


「対策課呼んで!」


「もう来るって!」


 誰かが叫んでいる。


 遠くでサイレンの音が聞こえ始めていた。


 陽太は小さく息を吐いて戻ってくる。


「帰るぞ」


 いつもの声だった。


 でも。


 瑠美音はまだ男のいた場所を見ていた。


 さっきまで渦みたいだったノイズが、消えている。


 まるで最初から何もなかったみたいに。


     ◇


 帰り道。


 空気は少し冷えていた。


「……怖かった」


 陽花がぽつりと言う。


 コンビニ袋が風で揺れる。


「最近ほんと増えたね」


 誰もすぐには返事をしなかった。


 遠くでまたサイレンが鳴る。


 瑠美音は隣を歩く陽太を見る。


 いつも通りに見える。


 でも、さっき。


 陽太の近くだけ、世界が静かだった。


 雨が落ち始める。


 アスファルトに、小さい水音が広がっていった。

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