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放課後ノイズの終わらせ方  作者: 甘めの鯨肉
放課後戦争編
6/11

第五話 関係者以外立入禁止



 放課後の教室は少し蒸し暑かった。


 雨が降りそうで降らない中途半端な天気で、窓を開けていても空気があまり動かない。ペンキの匂いだけが教室に残っていた。


 床には段ボールの切れ端。机の上には乾きかけの筆。誰かが飲み終わった炭酸の缶が、窓際で転がっている。


「これどこ置く?」


 黒布を抱えたまま、陽花が言った。


「後ろでよくね」


 陽太が椅子に座ったまま返す。


「絶対適当でしょ今の」


「だいたい合ってる」


「適当な人ってみんなそれ言うよね」


 陽花はぶつぶつ言いながら、教室の後ろへ黒布を運んでいく。


 その横で、朝倉蓮あさくら・れんが段ボールへ文字を書いていた。


《関係者以外立入禁止》


 黒マジックの先が途中で止まる。


「あ......」


少し口を開けて、朝倉は固まった。


「インク切れ?」


 陽花が振り返る。


「いや、“禁”の字わかんなくなった」


 一瞬、教室が静かになった。


 次の瞬間、陽太が吹き出す。


「あっはは!それはやばいな、流石に」


 込み上げた笑いを抑えるように、肩を震わせながらそう言った。


「大丈夫書けるって!たぶん」


「たぶん......」


 蓮は苦笑いしながらスマホを取り出した。


 でも、その手が少し止まる。


『なんで忘れる』

『最近ほんとダメだな』

『疲れてんのかな』


 細いノイズが流れ込んできた。

 瑠美音は黒布を切る手を止める。


 最近、蓮のノイズが増えていた。


 小さい失敗を気にする回数も、前より明らかに多い。


「朝倉」


「ん?」


 瑠美音は言う。


「寝てないでしょ」


 蓮は少し笑った。


「最近みんなそれ言うだよね」


「......実際、寝てないんだろ?」


 さっきまでの笑っていた表情が少し崩れて、優しい微笑みを浮かべながら陽太が言う。


「まぁ……ちょっと」


「ちなみに、昨日は何時に寝たんだ?」


「昨日は三時くらい」


「やば、死ぬじゃん」


 陽花が普通に引いていた。


 蓮は苦笑いしながらも、もう一度文字を書き直す。


 でも、“禁”をまた少し間違えた。


「あーもう……」


 自分で言いながら、ぐしゃっと紙を丸める。


 その音が妙に大きく聞こえた。


『ちゃんとしろ』

『また失敗』

『イライラする』


 ノイズが少し尖る。


 窓の外で風が鳴った。


     ◇


「そういえばさ」


 陽花が机に腰掛けながら言う。


「今日また対策課いたよね」


「あー、正門のとこな」


 陽太が頷く。


「最近毎日見る気がするんだよねー」


 陽花はペンを指で回しながら続けた。


「二年でもまた暴走あったって聞いたし」


 その瞬間、蓮の手が止まった。

 本当に、一瞬だけ。


 でも瑠美音は気づく。


『また』

『嫌だ』

『やめろ』


 ノイズが揺れた。


 瑠美音は視線を落とす。

 蓮は最近、“暴走”って言葉に反応する。


 前はこんなじゃなかった。


「白峰さん?」


 陽花が顔を覗き込む。


「なに」


「最近、また聞こえすぎてる?」


 質問というより確認みたいな言い方だった。


 瑠美音は少し黙る。


「……まぁ」


「人多いから?」


「それもある」


 頭の奥が重い。


 教室全体の感情が落ち着かない。


 文化祭前だからか、それとも暴走が増えているからか。


 たぶん、両方だった。


 その時。


 ガタン、と大きな音がした。

 蓮が脚立へぶつかった音だった。


「っ、わ」


 脚立が傾く。


 陽花が短く声を上げた。

 瑠美音が立ち上がりかける。


 でも、その前に陽太が動いていた。


「危な」


 腕を掴んで支える。

 脚立が元へ戻った。


 蓮はそのまま数秒動かず、浅く息を吐いた。


「……ありがと」


「最近ほんと危ないぞ、お前」


 陽太が手を離しながら言う。


 蓮は無理に笑おうとして、


「いや、なんか今日はぼーっとしてて」


と言った。


 でも、声が少し掠れていた。


『落ち着け』

『落ち着け』

『落ち着け』


 ノイズが一気に増える。


 びり、と窓ガラスが小さく鳴った。


 一瞬、教室の空気が止まる。

 陽花の顔が強張る。


 蓮自身も気づいたらしい。


 表情が、変わった。


「朝倉」


 陽太の声が少し低くなる。


「呼吸」


 短い一言。


 でも、それだけで空気が少し静かになる。


 蓮は苦しそうに息を吸った。

 窓の震えが止まる。


 誰もすぐには喋らなかった。


 遠くで運動部の声だけが聞こえている。

 蓮はしばらく俯いたまま動かなかった。

 足元には、丸めた紙が転がっている。


 瑠美音はそれを見る。


 ぐしゃぐしゃになった《関係者以外立入禁止》。


 黒い文字だけが、少し滲んでいた。

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