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放課後ノイズの終わらせ方  作者: 甘めの鯨肉
放課後戦争編
4/11

第三話 共鳴する雨



 昼過ぎから降り始めた雨は、放課後になっても止まなかった。


 窓ガラスへ細かい水滴が流れていく。


 教室の空気は少し湿っていて、誰かの濡れた制服から柔軟剤の匂いがした。


「文化祭実行委員、足りてないらしいよ」


 陽花がプリントを見ながら言う。


「うちのクラス誰か出すって」


「陽花やれば」


 陽太が机へ突っ伏したまま返す。


「めんどい!」


「即答」


「でも白峰さんより向いてると思う」


「なんで比較したの」


「なんとなく?」


 適当だった。

 瑠美音は窓の外を見たまま、小さく息を吐く。


 雨の日は少しだけ楽だ。


 ノイズが遠い。


 全部が水の向こう側にあるみたいに、ぼやける。


「白峰、今日ちょっとマシそう」


 陽太が顔だけこちらへ向ける。


「何が」


「顔」


「失礼」


「でもほんとに昨日よりマシじゃない?」


 陽花も言った。


 瑠美音は少し黙る。


「……雨だから」


「あ〜......」


 陽花は納得したみたいに頷いた。

 理由までは知らない。


 でも陽花は、あまり深く聞いてこない。


 その距離感が楽だった。


     ◇


 終礼後。


 教室に残る生徒はいつもより多かった。

 文化祭の出し物決めがまだ終わっていないからだ。


 黒板には、ひたすらに候補だけが増えていく。


『喫茶店』

『お化け屋敷』

『脱出ゲーム』


『映え系カフェ』


「映え系カフェってなんだ?」


 陽太が黒板を見ながら言う。


「知らないけど、なんかすんごい映えるんじゃない?」


 陽花が笑う。


「雑すぎる」


 教室のあちこちで話し声が重なっている。


 でも、瑠美音たちの周囲は少し落ち着いていた。


「白峰さんは何がいい?」


「静かなやつ」


「またそれ」


 陽花が苦笑いする。


「あ、でもお化け屋敷は割と静かじゃない?」


「悲鳴上がる、絶対」


「確かに」


 その時。

 教室後方で、椅子が大きく引かれる音がした。


 空気が少し止まる。


 瑠美音は反射的に振り返った。


 朝倉蓮あさくら・れんだった。


 机へ手をついたまま、呼吸が浅い。


『落ち着け』

『大丈夫』

『見られてる』


 強いノイズが流れ込んでくる。


 周囲の数人も気づき始めていた。


「朝倉?」


 誰かが声を掛ける。


 蓮は無理に笑おうとして、


「……ちょっと立ちくらみ」


と言った。


 その瞬間。


 教室の窓が、びり、と小さく震える。


 空気が張る。


『やばい』

『また暴走?』

『怖い』


 周囲の不安まで一気に流れ込んできて、瑠美音は小さく眉を寄せた。


 まずい。


 感情がぶつかってる。


「朝倉」


 陽太が席を立つ。


 その声だけで、少し空気が変わった。


「座れ」


「……悪い」


 蓮がゆっくり椅子へ座る。


 まだ呼吸は浅い。


 でも、窓の震えは止まっていた。


 瑠美音は黙って陽太を見る。


 やっぱり。

 陽太が近くにいると、ノイズが薄くなる。


 頭の奥のざわつきまで少し遠い。


「最近ほんと多いな……」


 少し離れた場所で誰かが呟いた。


 その声には、隠しきれない不安が混ざっていた。


     ◇


 その日の帰り、雨はまだ降っていた。

 昇降口には、傘を広げる音が重なっている。


「うわ、最悪」


 陽花が外を見て顔をしかめた。


「傘忘れた」


「また?」


 陽太が呆れた声を出す。


「だって今日降ると思わなかったし」


「朝から降ってたけど」


「途中で止むかな〜って」


 止んでいない。

 それどころか、むしろ強くなっている。


 陽花はしばらく考えてから、


「コンビニまで走る?」


と言った。


「絶対濡れるぞ」


「えー青春じゃん」


「風邪引くやつだろそれ」


 陽太が即答する。


 瑠美音はそのやり取りを聞きながら、ぼんやり雨を見ていた。


 雨音は嫌いじゃない。


 世界が少し静かになるから。


「白峰さん?」


 ぼーっと雨を見ていた瑠美音の顔を、陽花が覗き込んだ。


「ん」


「またぼーっとしてる」


「普通」


「それ便利だね」


 陽花がクスリと笑う。


 その時——


 ふわっと、頭上へ影が落ちた。


 陽太が傘を差し出している。


「入る?」


 瑠美音は少し目を瞬いた。


「……陽太は」


「二人くらい入れるだろ」


「狭そう」


「多少は」


 陽花が横でにやにやし始める。


「へぇー」


 口元から目までにやにやしている。

 正真正銘のにやけ顔だ。


「何」


「いやー、別に?」


 絶対、別にじゃない顔だった。


 瑠美音は小さく溜息を吐いて、それから傘の下へ入る。




 距離が近い。

 肩が少し触れそうなくらい。


 でも、不思議と嫌じゃなかった。


 雨音が近い。


 アスファルトを打つ音。

 車が水を跳ねる音。

 その全部が、少し遠い。


「……静か」


 思わず呟く。


「雨だから?」


 陽太が前を向いたまま言う。


 瑠美音は少しだけ迷った。


 でも。


「……陽太が、いるから」


 その言葉に、一瞬だけ驚いた顔を見せて陽太が黙る。


 二人の外には、雨音だけが静かに続いていた。

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