表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後ノイズの終わらせ方  作者: 甘めの鯨肉
放課後戦争編
3/11

第二話 静かな場所

 翌朝。


 教室へ入った瞬間、白峰瑠美音しらみね・るみねは少しだけ眉を寄せた。


 空気がざわついている。


 窓際では誰かがスマホを囲んで騒いでいて、後ろのほうでは文化祭の話をしていた。


「昨日また対策課来たらしいよ」

「マジで?」

「二年で暴走あったって」


 その会話に混ざる不安が、細かいノイズになって頭へ流れ込んでくる。


『怖い』

『最近多くない?』

『自分だったら嫌だな』


 瑠美音は視線を落としたまま席へ座った。


 鞄を置いて、机に頬杖をつく。


 少し眠い。


 昨日は帰ってからも頭の奥がずっと落ち着かなかった。


「おはよー」


 間宮陽花まみや・ほのかが、大きなあくびをして、前の席へと鞄を置く。


「白峰さん、顔やばいよ」


「通常運転」


「それでいいの?」


 陽花は苦笑いしながら椅子を引いた。


 その直後、後ろの席から椅子を引く音がする。


「……眠」


 御影陽太みかげ・ようただった。


 寝癖がついたままの髪に、少し曲がったネクタイ。たぶん急いで来たんだろうな、と瑠美音はぼんやり思う。


「まーた夜更かし?」


「ゲーム」


「いかにも高校生男子って感じだ」


「偏見だろ」


 陽太はそのまま机へ突っ伏した。


 その瞬間、頭の奥が少し静かになる。


 瑠美音は小さく瞬きをした。


 やっぱり、陽太が近くにいるとノイズが薄い。


 全部消えるわけじゃない。


 でも少しだけ、呼吸がしやすくなる。


「……白峰」


「何」


「顔色悪くね」


 今日で2度目。でも、自分が一体どんな顔してるのかは、なんとなく想像ついていた。


「陽太には言われたくない」


「確かに」


 陽花が笑う。


 その空気に引っ張られるみたいに、教室の緊張も少しだけ緩んだ気がした。


     ◇


 二時間目の休み時間。


 教室の後ろが少し騒がしくなっていた。


「朝倉、大丈夫?」


「え、あー……平気」


 朝倉蓮あさくら・れんが机へ手をついたまま息を整えている。


 周囲にいた生徒達も落ち着かない顔をしていた。


 瑠美音は反射的にそちらを見る。


『やばくない?』

『また暴走?』

『怖……』


 ノイズが急に濃くなる。


 その中に、蓮自身の感情も混ざっていた。


『落ち着け』

『大丈夫』

『見られてる』


 張り詰めすぎている。


 嫌な感じだった。


「朝倉」


 陽太が席を立つ。


 その声に、蓮が少しだけ顔を上げた。


「……悪い。ちょっと立ちくらみ」


「座っとけって」


「保健室行く?」


 陽花も近づく。


「いや、平気だから」


 そう言った瞬間、後ろの窓ガラスがびり、と小さく震えた。


 一瞬、教室が静かになる。


 蓮の肩が跳ねた。


『嫌だ』

『まずい』

『落ち着け』


 ノイズが溢れる。


 瑠美音は反射的に立ち上がりかけた。


「朝倉」


 陽太が静かに名前を呼ぶ。


 それだけだった。


 でも、張り詰めていた空気が少し緩む。


 窓の震えも止まった。


 蓮は荒かった呼吸を整えながら、小さく息を吐く。


「……悪い」


「謝んなくていい」


 陽太は短く返した。


 教室にはまだ微妙な緊張が残っている。


 少し離れた席から、不安そうな視線も向けられていた。


 瑠美音はそれを見て、小さく目を伏せる。

 みんな怖がっている。


 暴走が増えていることを。


 その不安が、学校全体に広がり始めていた。


     ◇


 昼休み、購買帰りの陽花がパンを机へ置きながら言った。


「最近ほーんと空気悪いよね」


「まぁな」


 陽太が紙パックのストローを刺す。


「対策課の見回りも増えてるし」


「昨日廊下ですれ違った」


 陽花は少し声を落とした。


「なんかめちゃくちゃピリついてた」


 瑠美音は窓の外を見る。


 グラウンドではサッカー部が走っていた。


 見える景色はいつも通りだ。


 でも、流れ込んでくる感情だけが違う。


『怖い』

『また誰か暴走したら』

『巻き込まれたくない』


 学校全体が、少しずつ不安定になっている。


 以前はもっと静かだった。


 その時、陽太が紙パックを机へ置いた。


「白峰」


「何」


「最近、また聞こえすぎてる?」


 瑠美音は少し黙る。


 陽花が不思議そうに二人を見た。


「……まぁ」


「寝れてないだろ」


「普通」


「それ寝れてないやつ」


 陽太はそれ以上聞かなかった。


 でも、その何気ない会話だけで少し呼吸が楽になる。


 瑠美音は、それが少し不思議だった。


     ◇


 放課後。


 教室に残っている生徒はもう少なかった。


 窓から入る夕焼けが、机の上へ長く影を落としている。


「文化祭の出し物、今日決めるんだっけ」


 陽花が黒板を見る。


「まだ全然まとまってないけど」


「お化け屋敷でよくね?」


 陽太が椅子を揺らしながら言う。


「なんか普通じゃない?」


「準備楽そうだし」


「基準そこなんだ」


 陽花が呆れた顔をした。


 その横で、蓮が少し笑う。


 昼より顔色は戻っていた。


 でもまだ、どこか無理している感じが残っている。


『ちゃんとしなきゃ』

『迷惑かけたくない』


 細いノイズが聞こえる。


 瑠美音は小さく視線を逸らした。


「白峰さんは?」


 陽花が聞く。


「何やりたい?」


 瑠美音は少し考えてから、


「静かなやつ」


と言った。


「抽象的だなぁ」


「陽花には言われたくない」


「確かに」


 陽太が頷く。


 その空気に、また少し笑いが混ざった。


 窓の外では、夕焼けがゆっくり色を落としていく。

 教室のざわめきも、少しずつ遠くなっていた。


 瑠美音は頬杖をついたまま窓を見る。


 放課後は嫌いだった。

 ノイズが増えるから。


 でも最近は、少しだけ。


 この時間が続けばいいと思ってしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ