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放課後ノイズの終わらせ方  作者: 甘めの鯨肉
放課後戦争編
2/11

第一話 放課後ノイズ


 キィィィィン――――。


 耳鳴りみたいな高音が、校舎全体を震わせていた。


 夕暮れの廊下は赤く染まり、割れた窓ガラスが床へ散らばっている。空気が歪んでいた。熱とも違う、圧力とも違う、目に見えない何かが空間を押し潰している。


『怖い』

『助けて』

『嫌だ』

『死にたくない』


 大量の感情が頭へ流れ込んできて、白峰瑠美音しらみね・るみねは反射的に顔をしかめた。


 苦しい。


 頭の奥が掻き回される。


 それでも瑠美音は、逃げるより先に前を見た。


 廊下の先で、一人の男子生徒が壁へ寄りかかっている。呼吸は荒く、制服のボタンは半分千切れていた。


「近づくな……!」


 男子生徒の声と同時に、空気が弾ける。


 ガンッ!!


 廊下脇の掲示板が吹き飛んだ。


 悲鳴が響く。


 逃げ遅れていた女子生徒が座り込む。


「っ……!」


 瑠美音が駆け出そうとした瞬間、その腕を陽太が掴んだ。


「待て」


「でも――」


「今行くと巻き込まれる」


 陽太の声は驚くほど落ち着いていた。


 その間にも男子生徒の周囲で空気が歪み続けている。


『うるさい』

『止まれ』

『消えろ』

『怖い』


 感情が暴走していた。


 制御を失った識能が、周囲を壊している。


 瑠美音は小さく息を呑む。


 知っていた。


 こういう暴走は珍しくない。


 でも最近、少し増えている。


 校内でも、街でも、ニュースでも。


「誰か対策課呼べよ!!」


「もう来るって!」


「早く逃げろ!」


 廊下は完全に混乱していた。


 その時だった。


 男子生徒の視線が、瑠美音を捉える。


 一瞬。


 目が合った。


『白峰』

『危ない』

『化け物』


 その感情が流れ込んできた瞬間、瑠美音はほんの少しだけ動きを止めた。


 ――またそれか。


 昔からそうだった。


 助けようとしても、最後には怖がられる。


 瑠美音が視線を伏せかけた、その瞬間。


「白峰」


 陽太が前へ出る。


「行くぞ」


「……は?」


「止めるんだろ」


 あまりにも自然な言い方だった。


 まるで、“怖い”なんて感情が存在していないみたいに。


 次の瞬間。


 陽太の周囲から、音が消えた。


 いや。


 正確には、“ノイズ”が遠ざかった。


 頭を掻き回していた感情のざわめきが、一瞬で薄れる。


 瑠美音は目を見開いた。


 男子生徒の暴走も弱まっている。


 歪んでいた空気が、少しずつ静まっていく。


「何、それ……」


「さぁ」


 陽太は軽い声で言う。


「俺もよくわかってない」


 そう言いながら、陽太は暴走した男子生徒へ近づいていく。


 空気の圧力が弱まる。


 男子生徒の呼吸が少しずつ落ち着いていく。


「だ、大丈夫……だから」


 陽太はゆっくり声を掛けた。


「落ち着け。誰もお前責めてねぇから」


「……う、るさい……」


「うん、うるさいな」


「頭……ぐちゃぐちゃで……」


「知ってる」


 陽太は怒鳴らない。


 無理に押さえつけもしない。


 ただ、静かに立っていた。


 その背中を見ながら、瑠美音は小さく息を呑む。


 ――静かだ。


 こんなの、初めてだった。


 誰かの近くにいて、苦しくない。


 ノイズが遠い。


 世界が静かだった。


 その時、廊下の向こうから複数の足音が響く。


「全員離れろ!!」


 黒いスーツ姿の男達が駆け込んできた。


 異能対策課。


 周囲の生徒達が一斉に道を開ける。


 その後ろを、一人の男子生徒が歩いてきた。


 整った制服。白い手袋。灰青色の瞳。


 生徒会長、九条透くじょう・とおる


 九条は暴走した男子生徒を見る。そして次に、陽太と瑠美音へ視線を向けた。


 一瞬だけ。


 その目が鋭くなる。


「……御影、下がれ」


 静かな声だった。


 陽太は小さく肩を竦める。


「もう大丈夫そうだけど」


「判断するのは君じゃない」


「こわ」


「軽口を叩く余裕があるなら問題ないな」


 九条は短く息を吐き、対策課員へ視線を向けた。


「拘束を」


 男子生徒が小さく震える。


『嫌だ』

『怖い』

『閉じ込められる』


 ノイズが流れ込んできて、瑠美音は小さく眉を寄せた。


 その瞬間。


 男子生徒が瑠美音を見る。


 怯えた目だった。


『白峰がいる』

『危ない』

『怖い』


 胸の奥が少しだけ痛む。


 やっぱり、そうなる。


 瑠美音が視線を逸らしかけた時だった。


「白峰」


 陽太が隣で言う。


「帰るぞ」


「……は?」


「もう終わっただろ」


 あまりにも普通の声だった。


 まるで今の空気を気にしていないみたいに。


 瑠美音は少しだけ黙る。


 それから、小さく息を吐いた。


「陽太」


「ん?」


「変わってるって言われない?」


「よく言われる」


 陽太が笑う。


 その瞬間だけ、少し世界が静かになった気がした。


     ◇


 翌日。


 午後四時三十二分。


 終礼のチャイムが鳴った瞬間、教室の空気がゆっくり“放課後”へ変わっていく。


 椅子を引く音。笑い声。スマホの通知。


 どこにでもある放課後。


 けれど瑠美音は、窓際の席へ頬杖をつきながら、昨日のことを思い出していた。


 ――静かだった。


 陽太の近く。


 あの感覚だけが、まだ頭に残っている。


「白峰」


 不意に声がする。


 顔を上げると、教室後方で陽太がこちらを見ていた。


「今日、生徒会にプリント届けるんだけど」


「うん」


「一人だと面倒だから来て」


「嫌」


「即答」


 教室で小さな笑いが起きる。


 陽太は呆れたように笑った。


「じゃあ半分持って」


「それ余計面倒じゃない?」


「確かに」


 また笑いが起きる。


 その空気の中で、瑠美音は小さく目を細めた。


 昨日までなら、こういう時間を鬱陶しいと思っていた。


 でも今は少し違う。


 放課後が、少しだけ静かだった。

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