08_ヒリつく修羅場! チョコバナナパフェ
「どうしたのだ?」
急に顔色を変えた日向子に、ノワールは不思議そうに首を傾げた。
「う、ううん。なんでもないよ! パフェ楽しみだねぇ、ノワ君」
日向子は引きつった笑顔でノワールの視線を遮ろうとしたが、願いも虚しく、ファミリーレストランの自動ドアが開き、朝比奈が近づいてきた。
「日向子……お前、やっぱり隠し子がいたのか!」
テーブルに叩きつけられたのは、朝比奈透の怒声だった。店内の視線が一斉にこちらに集まる。
「ちがうったら! 朝比奈君、大声出さないで。ノワ君、気にしなくていいからね」
「説明しろよ。やっぱり連れ子なのか? 親はどこなんだ。一体どこの馬の骨と……」
「友達の子供を預かってるんだってば! ノワ君が怖がるから、あんまり騒がないで」
「……そんなにこの子供が大事か?」
朝比奈の目は、嫉妬と執着で濁っていた。言い争う二人を、ノワールは冷めた目で眺め、内心で面倒なことになったと毒づく。
(この男、まさかワガハイからヒナコを奪うつもりか)
ノワールにとって、日向子は現在唯一の「供物供給源」であり、居場所だ。それを脅かす存在を許せるはずがない。ノワールは静かに席を立ち、日向子の隣へと移動した。そして、クマ耳帽子の下から、朝比奈を射抜くような鋭い視線で睨みつける。
「なんぴとたりとも、ヒナコに触れることは許さぬ。立ち去れ、人間。ワガハイの女に手を出せば、痛い目を見ることになるぞ」
朝比奈は凍りついた。目の前にいるのは、フリルシャツを着た小さな子供のはずだ。しかし、そこから放たれたのは、到底子供のものとは思えない低く響く声と、肌を刺すような圧倒的なプレッシャーだった。
「ノワ君……!」
その格好良さに、日向子の胸が高なった。彼女はノワールを背後から力一杯抱きしめる。
「ノワ君はかっこいいねぇ! すっごくドキッとしちゃったよーっ!」
「むぎゅうっ! ヒナコ、はなすのだっ! 苦しい、威厳が台無しなのだっ!」
あまりの熱烈な抱擁に、朝比奈はただ呆然と立ち尽くすしかない。日向子のこんなにも腑抜けた笑顔も、とろけた声も初めて見るものだったから。
その隙に、注文していたパフェが運ばれてきた。大きなガラスの器に、コーンフレーク、ブラウニー、チョコレートアイス、バニラアイスに山のようにそびえるホイップクリーム。そしてその白い山を彩るのは艶やかなチョコソースと、立派な黄色いバナナ。
そしてそれに対するのは、これまた山に佇む木々のように連ねた苺を持ったストロベリーパフェだ。内部にはストロベリーアイスとホイップクリームが交互に詰め込まれている。
初めて見る甘味の詰め合わせに、ノワールは目を輝かせた。そんなノワールを見て、日向子も口元を綻ばせる。対する朝比奈は不機嫌そうに鼻を鳴らして、文句を言う。
「そんな甘いものばかり食わせてるのか」
日向子は朝比奈の言葉をまるきり無視して、チョコバナナパフェと、ストロベリーパフェをノワールの前に並べた。
「さ、ノワ君。パフェ食べよっか。イチゴとチョコ、どっちがいい?」
「黒がいいのである!」
「じゃあチョコの方ね。はい、あーん!」
「うむ! 殊勝な心がけである!」
ノワールは満足そうに、差し出されたチョコバナナを大きな口で頬張った。モグモグと咀嚼する様子は、先ほどの覇気が嘘のように可愛らしい。
「……で? どうして朝比奈君がここにいるの」
いちごパフェを一口食べ、冷静さを取り戻した日向子が問い詰める。
「たまたま通りかかっただけだ。そんなことより……友達の子供を、お前一人が育ててるっていうのか? いつまでそんな生活を続けるつもりだ」
日向子は言葉に詰まった。ノワールの正体も、いつ魔力が戻るのかも分からない。いつまで、という終わりが見えない生活を直視していないだけだった。
しかし、意外にも口を開いたのはノワールだ。
「ワガハイとヒナコの生活を邪魔するでないっ! 期間や理由など、些末な問題である」
「日向子にいつまでも世話になるつもりか。お前のわがままで彼女の仕事に支障が出たら、困るのはこっちなんだよ」
朝比奈の言葉に、日向子はノワールの肩を抱き寄せ、元カレを真っ直ぐに見据えた。
「私は今、ノワ君と楽しく暮らしてるの。プライベートと仕事はちゃんと分けるし、支障も出さない」
その声には、覚悟が滲んでいた。
「帰って」
「おい、日向子……!」
「もう私たちは、恋人同士じゃないの。……帰って、朝比奈君」
はっきりとした拒絶。朝比奈は顔を屈辱に歪ませ、逃げるように店を飛び出していった。
日向子は自分でも想像できなかった強気な態度に、手が震えていることに気付いた。それでもノワールを心配させまいと、にこりと微笑みかける。
「ごめんねぇ、ノワ君。おいしいものが台無しだったよね」
人間の感情の機微に疎いノワールでも、ヒナコが無理をしていることは分かった。ノワールは日向子の手を包み込むように握り、その大きな瞳で見上げた。
「なぁ、ヒナコ。ヒナコは……ワガハイと暮らしていて、楽しいのか?」
日向子はハッとしてノワールを見た。あの雨の日、傷ついていたノワールの身に何が起こったのかは分からない。だけど、彼には行き場がなく、孤独な思いをしているのだ。きっと先程の朝比奈とのやり取りを見ていて不安になっただろうに、日向子自身の心配までしてくれるなんて。ノワールが見せた優しさに、日向子は自然と肩の力が抜けた。
「うん。ノワ君と一緒にいると楽しいよ。だからね、いつまでだってウチにいていいんだよ」
日向子の柔らかな笑顔に、ノワールは内心でガッツポーズを決める。
(よしよし、ヒナコはあの男に惑わされなかったな! ワガハイの地位は安泰である!)
だが、ノワール自身も気づいていない。己が、日向子との生活に満足し始めているということに。
一方その頃。朝比奈透は、苛立ちを抑えきれず夜道で足を止めていた。
「クソ、なんなんだ。日向子のくせに……!」
自分の意のままだったはずの女が、見たこともない強い目で自分を拒絶した。その事実が許せない。しかもそんな彼女を変えたのが、まだ幼い子供だったということが受け入れ難いのだ。
やはりもう一度日向子と話そう。そう決めて来た道を戻ろうとした時、街灯の下から艶やかな女の声が響く。
「こんばんは。お困りごとを抱えているのね?」
振り返ると、そこには夜の闇に溶け込むような、美しいがどこか現実離れした女が立っていた。
「あんたに関係ないだろう」
「いいえ。あなたは自分の女を取り戻したい……そうでしょう?」
心を見透かされた朝比奈が息を呑む。女は妖しく微笑み、歩み寄った。
「わたくしに協力してくれたら、あの女をあなたにあげる」
ふわりと香る花の香り。咲き始めたバラのように濃厚で、ユリのような重厚さがある。香りに酔うような錯覚に襲われ、朝比奈は後ずさった。
「……何が目的だ」
女は口元を歪めて、朝比奈の耳元で囁く。その声は脳を揺さぶるように、深くまで響いた。
「あなたと同じよ。わたくしも愛する人……ノワール様を取り戻したいだけ」




