04_おはよう、タコさんウインナー
第4話です。
もともとは日向子のお料理は、わりと手抜きタイプのキャリアウーマンです。しかし食べ盛りのこの前ではそんなことも言っていられず……?
「おい、ヒナコ! 今日の供物はまだかっ! ワガハイ、ハラが減ったのである!」
朝日が昇り、空が白み始めた土曜日の早朝。日向子は腹の上にずしりと何かが乗る重さで目を覚ました。とはいえ、まだまぶたは重くて何も見えていない。
「うぅん、あと五時間……」
「起きぬか! キサマ、さては己を眠り姫とでもおもっているなっ!」
声の主は諦めが悪く、布団を引き剥がそうとしてきた。日向子はその小さな腕を捕まえて、逆に布団の中に引きずり込んでやる。まるで地面の中に潜んだ獣が獲物を捕食するような素早さだった。
「ふふ、ノワ君は私をお姫様だとおもってくれるんだ?」
日向子はようやく目を開けて腕の中をのぞき込む。するとそこには、頬をりんごのように真っ赤に染めて、緋色の目で睨みつけてくるノワールがいた。
(そっか。昨日、この子を拾ったんだった)
あれは夢だったんじゃないかと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。でも、それでいいと思えた。だってこの目の前の少年は、こんなにも愛らしいのだから。
「ちがうわっ! たわけっ!」
「うんうん、難しい言葉を知ってるね。ノワ君はすごいなぁ」
「離さぬかっ!この、 無礼者ーッ!」
頬ずりをしようとしたら、全力で拒否された。日向子は仕方なく腕を引っ込めると、小さな胃袋を満たすために布団から這い出る決意をしたのだった。
「さ、おまたせ! 朝ごはんにしようね」
それから約一時間後。リビングの丸テーブルの上にはほかほかと白い湯気を立てているおにぎりと、少し焼き色のつきすぎた卵焼きが乗せられていた。そしてその隣には。
「これは……未確認生物か? それとも、新手の怪人か?」
「うっ……」
日向子は、ノワールが指さした『それ』から目線をそらす。それは、無惨にも手足がちぎれた、バラバラのウインナーだった。
「タコさんウインナーのつもり……デス」
最後の方は掠れて言葉にならなかった。日向子は普段、凝った料理はしない。それでもなんとか、食卓に彩りを持たせたくて四苦八苦した結果だ。
「タコさんウインナー……? なにか、よくわからんが。食せるのだろうな」
ノワールは未知の言葉に、ころんと首を傾げる。その無垢な姿に胸を締め付けられながらも、日向子は元気よく答えた。
「も、もちろん! 形はアレだけど、味はおいしいよ!」
なんたって、企業努力が詰め込まれたウインナーなのだから、味は保証できる。見た目だけは……なんだか残念なのだけれど。
「ならばよい。ワガハイは、はらがへったのだっ!」
ノワールは少し手に余るフォークを握って、ぶっすりとタコさんウインナーの脳天を刺した。そしておおきく口を開けて、かぶりつく。ノワールはカッと目を見開き、頬を染めた。
「む!」
もぐもぐと口を動かしながら、ノワールは日向子を見る。その目はキラキラと星が散るように、輝いていた。
「形がサイアクだから、いかがなものかとおもったが。うまいぞ、ヒナコ!」
「ほんとっ! よかったぁ」
「うむ、ほめてやる!」
ただ切って焼いただけで、手の込んだ料理とは言えないかもしれない。それでも誰かのために料理を振る舞うのは久しぶりだったから、素直な感想が心にしみわたる。
「……あ」
元カレはそんな些細なことでお礼なんて言わなかったことを、ふと思い出してしまった。
「なんだ。ワガハイのタコさんウインナーはやらぬぞ」
急に黙り込んでしまった日向子を怪訝そうに見上げるノワール。そんなあどけない仕草をする少年に、心配をかけるわけにはいかない。
「ううん、なんでもないよ。そうだ、おにぎり食べる? こんぶ味だよ」
「そっちの白いものだなっ! はやく食わせろ!」
「ゆっくり食べていいからね」
日向子はノワールの口の端についたケチャップを拭いながら、おにぎりを差し出した。ノワールはまた目を輝かせ、手に余るほど大きくてまるいおにぎりにかじりつく。その様子がかわいくて、うれしくて。日向子は微笑みながら、自分の分のおにぎりに手をつけた。形は少し歪だったけれど、塩加減は抜群だった。
「あ、やばっ!」
ふと時計を見ると、午前八時の五分前。燃えるゴミの収集時間ギリギリの時間だった。
「食べてていいからね、ノワ君。ちょっとだけ出てくるから」
日向子は慌ててゴミ袋を引っ張り出すと、バタバタと玄関に走っていった。リビングの扉をきっちりと締めて、ノワールの姿を隠す。万が一があってはいけないから。
サンダルを足に引っ掛けて、勢いよく扉を開ける。すると。
「うわぁっ!?」
扉の向こうから、若い女性の声が聞こえた。
「え? あっ、やだ、ごめんなさい!」
アパートの廊下に若い女性がしりもちをついていて、日向子は慌てて手を差しのべる。しかし彼女の顔に見覚えがない。
(こんな子、住んでたっけ?)
そんな疑問が顔に出ていたのか、女性は立ち上がると礼儀正しく頭を下げる。
「私、お隣の203に引っ越してきました。橘サクラといいます。ご挨拶できていなくてすみませんっ!」
サクラはそう言うと、ピンクベージュのボブカットを春風に揺らした。ハツラツと挨拶を返してくれる姿は、素直に好感が持てる。
「あら、ご丁寧にどうも。小鳥遊日向子です、よろしくおねがいしますね」
「はい。こちらこそです」
日向子はサクラに笑顔を向けた。こんなに可愛らしいお嬢さんが隣に引っ越してくるなんて、今年度はなんだかいい年になりそうだという気がしてくる。
「……って! ごめんなさい、ゴミを出すの忘れちゃってて。もう行かなきゃ!」
「あっ、今日可燃ゴミの日ですもんね」
「そうなの。このアパート、その辺厳しくって」
日向子はゴミ袋を持ち直すと、サクラに別れの挨拶を告げて足早に階段を降りていった。ゴミ収集車が停止する音が聞こえて、さらにスピードを早めながら。
橘サクラは、日向子の後ろ姿を見送って自室の鍵を回した。そしてまだダンボールだらけの部屋を見て、ため息をつく。
「お隣さん、いい人そうでよかったぁ」
それは、なんてことはない独り言かのように思えた。しかし。
「そんなことより、はやく部屋を片付けるんだゾ。今日もまた床で寝ることになるんだゾ」
サクラのカバンに付けられたストラップ、ピンク色のモフモフとしたクマのマスコットから声がしたのだ。
「わかってるよ、ピピ。今日こそやるってば」
「そう言って昨日もやらなかったんだゾ! 」
ぷう、と頬を膨らましてみせるサクラ。傍から見るとまるで独り言をいっているようだが、実は違う。彼女の持つマスコットには、魂が宿っているのだ。
静かなワンルームに、ピコピコとけたたましいアラート音が鳴り響く。ピピと呼ばれたマスコットが、桃色に輝き始めた。
「三キロ先に怪人の気配だゾ! ドリーム・ピンク出動なんだゾ!」
「えぇーっ!? 今日こそ片付けようと思ったのに! これじゃ、大学始まるまでに片付かないよ」
「そうは言っても仕方がないんだゾ。それが君たち『魔法少女』のお仕事なんだゾ!」
サクラはピピを手に取ると、やれやれとため息をついた。そして仕事モードに切り替えるための、魔法の呪文を唱える。
「夢の扉、オープン! 魔法少女ドリーム・ピンク、変身っ!」
そうして部屋が桃色の光に包まれた。そして春風と共に桃色の光が空に飛び立つ。そして今日もこの日本を守るため、平和を脅かす悪に立ち向かうのだ。
「あっ、見て! ドリーム・ピンクだっ!」
公園で遊ぶ子供たちがサクラ、もとい『魔法少女ドリーム・ピンク』を見上げてそう叫ぶ。サクラはふわりとピンクのフレアスカートをひるがえし、子供たちにとびきりの笑顔を向けた。決め台詞とともに、きゃぴっとポーズを決める。
「みんなの平和は、私たち『魔法少女 ドリーム・トリニティ 』が守るよっ! 」
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