02_おとこのこは厨二病
第2話です。
小さくなってしまった悪の親玉、しかし中身は変わっていないようで……?
アパートの鍵を開け、日向子は濡れたパンプスを蹴り出した。一刻も早く、この冷え切った小さな塊を温めなければならない。
「さあ、着いたよ。まずはタオルで……」
居間のカーペットにそっと下ろそうとした、その時だった。
「掛かったな、愚かな人間め!」
不意に、腕の中の少年がガバッと跳ね起きた。鈴を転がすような愛らしい声。しかし、その響きにはおどろおどろしいまでの邪悪な色が混じっている。
少年は、日向子の細い手首を掴むと、そのままガブリと噛み付いた。その八重歯が深くくい込み、日向子は思わず声をあげる。
「痛っ!」
「キサマの魂を闇に染め、我が忠実なる眷属にしてくれる! ワガハイの支配する世界の礎となること、光栄に思うがいい。フハハハハ!」
日向子の腕に、小さな犬に噛まれたような、チクりとした痛みが走った。少年は真っ赤な目を爛々と輝かせ、勝利を確信したような笑みを浮かべている。
「っ……!」
日向子は顔を歪めた。それは痛みのせいではない。噛みつかれたままの腕で、少年の小さな頭をさらに深く胸元へ抱き寄せた。
「大丈夫だからっ! 怖くないよ、もう怖がらなくていいからねっ!」
日向子は少年による支配の儀式を、怯えた子供の自己防衛と理解したのだ。健気な少年の、必死な抵抗が胸をギュッと締め付ける。
「ち、違うっ! 人間め、離せ! キサマは今、呪いの刻印を刻まれたのだぞ!?」
「よしよし、いい子いい子。寒かったね、怖かったね。もう一人じゃないよ」
日向子の手つきは、柔らかな慈愛に満ちていた。グイグイと柔らかい胸の中に顔を押し込まれ、少年は手足をバタつかせて暴れる。
「やめろ、離せ! ワガハイを乳飲み子のように扱うな! 」
ハムスターのような柔らかな頬が、ぷっくりと膨れる。
「ワガハイは誇り高きエクリプス団の団長、ノワール・ラグナロクであるっ! あの忌まわしき魔法少女共を絶望の淵に叩き落とした、深淵の闇の支配者なのだぞっ!」
八重歯をむきだして威嚇する姿は、人に慣れていない子猫のようだ。
「そういうお年頃なんだねぇ、ノワール君は。カッコイイねぇ」
「ち ・ が ・ う〜ッッ!! 」
ノワールが必死に日向子の腕を押し返そうとするが、彼女の抱擁を拒むほどの力ない。むしろ、日向子の体温が心地よくて、意識がふわふわと遠のきそうになる。
「うぐぅ……! はなせと言っているのだっ!」
「さあ、ノワール君。まずは泥汚れを落として、パジャマに着替えましょうね。可愛いネコちゃんのタオル用意してあげるから」
「ワガハイ、ネコなどという下等な生き物を好いているわけが……っ!」
ぐぅぅぅぅ……。
無情にも、少年の腹の虫が再び盛大に鳴り響いた。
「じゃあ、アップルパイの前にシャワーね。レッツゴー!」
「聞けぇーッ! ワガハイ、お風呂など入らぬ!」
「ダメだよ。そのままじゃ冷えちゃうからね」
「はなせッ! はなすのだ〜ッ!!」
築十年のアパートに、日本を震え上がらせたはずの悪の組織の団長の絶叫が、虚しく、そして賑やかに響き渡った。
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