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01_雨の日のおとしもの

第2作目の投稿です。

小さくなってしまった悪の親玉と、バリバリキャリアウーマンのほのぼのグルメストーリーです。よろしくお願いいたします

 満員電車のドアの上、液晶ディスプレイが騒がしく明滅している。

 

『速報:魔法少女、ついに悪の組織エクリプス団の本拠地を撃破! この世界の危機を華麗に回避!』


(なんか……そういえば最近ニュースになってたっけ。世界征服がどうのって) 


 そして映像は切り替わり、二本の漆黒の角を生やした大男の姿を移す。黒いマントを翻し、周囲のビルを倒壊させながら魔法少女達を追い詰める光景が液晶に映し出された。

  

『エクリプス団、団長ノワール・ラグナロクは行方不明。戦いは新たな局面に突入か?』

 

 車両を包むのは、安堵の溜息と、スマホを叩く無数の音だ。

 

「やっと終わるのかな、怪人騒ぎ」


「魔法少女にマジ感謝だわ」

 

 そんな若者たちの声を背に、小鳥遊日向子(たかなしひなこ)は吊革を掴んだまま、小さくあくびを噛み殺した。日向子にとって、日本の危機がひとつ去ったことよりも、目の前のプロジェクトが片付いたことの方が重要だった。

 

 「さて、と」

 

 最寄り駅について、いつも通り定期券を改札に通し、傘を差す。  

 

 四月の雨は、冬の名残を含んで少し冷たい。そんな雨の中、足早に家路を急いだ。ご機嫌に、鼻歌なんか歌いながら。

  

 珍しく定時少し過ぎに終わった金曜日。今日は数ヶ月分のプロジェクトの最終日だった。

 日向子の腕には、駅前のパン屋で手に入れたばかりの、焼きたてのアップルパイが入った紙袋が抱えられている。しかも、今日は奮発してホールで買ってしまったのだ。


(ちょっと買いすぎちゃったけど、いいよね) 

 

 雨の湿気に負けない、シナモンとバターの甘く香ばしい香りが、デスマーチ続きだった彼女の心を、ふわりと解きほぐしていく。

 

(帰ったら、熱い紅茶を淹れて。パイは少し温め直して、バニラアイスを添えちゃお。うん、完璧すぎる! 金晩バンザイっ!)

 

 三十歳、独身、広告代理店のプロデューサー。

 自分へのご褒美こそが、明日への活力。

 

 タワーマンション……ではなく、少し年季の入ったアパートへ続く、静かな住宅街の路地に入った時だった。


 ガサッ……

 

 アパートの敷地の隅、指定外のゴミがいくつか残されたゴミ捨て場で、何かが動く音がした。


「……カラス?」

 

 日向子は足を止めた。この辺りのカラスは賢くて、イタズラ好きで、図々しい。追い払うのも一苦労で、大家さんがいつも格闘しているのを見かける。

 

「ちょっと、コラッ!」

 

 注意しようと、傘を傾けてゴミ捨て場を覗き込んだ。

 

「…………え?」

 

 そこには、カラスはいなかった。

 カラスの代わりに、黒い、塊のようなものが、濡れたコンクリートの上に倒れていた。それは、ゴミ袋にしては形が複雑で、何より、小さく震えている。

 

「まさか、子供?」

 

 日向子は思わず、一歩踏み出した。五歳くらいだろうか。ボロボロの、煤けたような黒い服を纏った、小さな男の子だ。

 

「ちょっと、君? 大丈夫……?」

 

 声をかけながら近づくと、少年がゆっくりと、重そうに顔を上げた。

 

 髪は、夜のように深い黒。そして、その瞳は夕闇の中でもはっきりと分かるほど、鮮烈な、血のような赤だった。

 

 さらに、驚くべきことに、濡れて張り付いた黒髪の間からはツノがのぞいていた。くるりと円を描く、小さな、羊のようなご立派なツノが、二本。

 

「…………」

 

 日向子は呆然と立ち尽くした。

 

 赤い目。二本のツノ。それは、ニュースで連日流れる『怪人』の特徴そのものだった。『怪人』は発見次第、警察の魔法少女課に通報することが法律で定められている。


「どうしよ、警察……?」 

 

 けれど、目の前の少年はあまりに小さく、脆く、そして、雨に濡れて震えていた。テレビやネットで見る凶悪な怪人の姿とは程遠い。

 

「……だれ?」

 

 少年が、掠れた声で呟いた。鈴を鳴らすような小さく、天使のように愛らしいテノール。その小さな唇が、寒さで紫色に震えている。

 

「さむ、い」

 

 赤い目が、力尽きるようにゆっくりと閉じられていく。そしてドサリ、と少年はゴミの中に沈み、完全に動かなくなった。


 その姿に、日向子の身体は自然と動いていた。赤い目も、ツノも、怪人であることも、今はどうでもいい。

 ただ、雨の中で震えている子供を、無視することができなかった。

 

「坊や」


 少年はわずかに目を開けて、日向子を見上げた。


「たすけて、くれるの……?」


「うん、もう大丈夫。おうちに帰ろうね」


「……うん」

 

 縋るような小さな手を握ると、擦り寄るように少年が頬を寄せてくる。その健気な姿に胸が締め付けられた。パンツスーツが汚れるのも厭わないで少年の濡れた身体を抱き上げる。その身体は驚くほど軽い。そして、氷のように冷たかった。

 

(とりあえず、温めなきゃ。アップルパイ、ホールで買っておいてよかったな)


 日向子は少年を抱え直して、アパートの階段を駆け上がる。


「……ククク、愚かな人間め。まんまと騙されよって」


 そんな恐ろしい言葉が、小さな唇から紡がれていることに気付かないまま。   

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回も引き続きよろしくお願いいたします

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いつも読んでくださる方々、本当にありがとうございます。励みになります。

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