12_追跡! ドキドキハンバーガー!
ある日の夕方。橘サクラは悩んでいた。アパートのベッドでゴロンと横になりながら、悩みの種に唸る。
悩みの種は、隣人小鳥遊日向子と、彼女が連れている子供についてだ。怪人の出現反応を追って現場に辿り着いた時、怪人は倒されていて、その場には日向子と子供が残されていた。しかもその子には、本来怪人にあるはずの二本の黒いツノが生えているのを見て、サクラの脳内アラートが鳴ったのだ。
「絶対に怪人に間違いないんだゾ! はやくタイホするんだゾ!!」
魔法少女の相棒であるピピがサクラの髪を引っ張り、周囲を飛び回る。歯切れの悪いサクラに痺れを切らしているようだ。
「そうだけど……どうしてお隣さんは、怪人の子なんて連れてるのかな?」
「怪人は人の心を操ることもできるんだゾ。操られてるに決まってるゾ!」
「そうかなぁ」
ハルカはピピの言葉に頷くことができなかった。日向子は子供を心底心配そうに抱きしめていたし、必死に守ろうとしているように見えたからだ。そんな彼女が怪人に操られているとは到底思えない。他になにか事情があるはずだ。
「とにかく、追跡するんだゾーッ!」
「あっ! 待ってよ!」
ピピはサクラの話を聞かずに、窓から飛び出してしまった。サクラは慌てて上着を羽織ると、サンダルを引っ掛ける。財布と鍵を手に取ると、つけっぱなしのテレビもそのままにピピの後を追いかけたのだった。
「え、えーと、ノワ君。今回は残念だったね」
「屈辱である……」
一方その頃、近所のハンバーガーショップにて。日向子とノワールはボックス席に座っていた。ノワールは帽子の下で悲しげにしょんぼりと眉を垂らし、紙箱を見つめている。日向子はそんなノワールを元気づけようと、一生懸命に笑顔を見せた。
「まぁまぁ、また入荷するって言ってたし。その時にもう一回来よう?」
「うむ……これはヒナコにやるのである。女はこちらの方が好むのであろう」
付属のおもちゃとされる怪獣シリーズが売り切れており、魔法少女になってしまったのがご不満らしい。魔法少女と敵対していたノワールにとっては不本意だろうと、日向子も察しがついたので軽く礼を言って受け取った。
「おもちゃは残念だったけど。ハンバーガーは美味しいよ。ノワ君が好きなお肉が入ってるからね」
「この黄色いのはなんだ?」
「チーズだね。一緒に食べるとおいしいんだよ。ほら、あーん」
包みを解いて、膝に座ったノワールの口元にハンバーガーを差し出す。ノワールはふんふんと匂いを嗅ぐと、ぱくりと齧り付いた。
「む……!」
バンズの小麦の香り、パティのジューシーな肉の油とチーズのまろやかさ、ケチャップの酸味。それらのハーモニーが口いっぱいに広がって、ノワールは目を見開いた。日向子はというと、その愛らしい小さな一口にワナワナと震える。
(ちっちゃいお口! かわいい!)
「ほら、もう一口食べてごらん」
「うむ、これも悪くないな! こんなにうまいものがあったとは、知らなかったのである!」
ノワールは満足そうに言うと、日向子の手からハンバーガーを食べた。一口、また一口と一生懸命に食べる姿が愛おしくて、日向子は目を細める。
「ね、ノワ君 」
「うむ?」
「これからも、もっと美味しいものを食べようね。私がいっぱい食べさせてあげる」
日向子はノワールの頭を撫でながら、ひとりでに決意を固めていた。この目の前の男の子が、この国を脅かす悪の組織の親玉だとしても、日向子は変わらず彼の味方でいよう。愛を知らないこの孤独な子供に、寄り添えるただ一人の人間でいよう。そんな決意を固めて、ノワールを抱きしめた。
そんなことをしていると、通路側でバタン! という音がした。どうやらスーツの男性と若い女性がぶつかってしまったらしい。
「おい! なにやってんだ!」
「す、すみません! すみません!」
スーツの男性は若い女性に詰め寄り、怒鳴りつける。足元にはジュースとポテトが無惨に散らばっている。カウンターで注文を受け取った男性と女性がぶつかってしまったのだろう。その女性の姿に、なんだか見覚えがあった。
(あの子、お隣のサクラさんだ)
日向子はその女性が隣に引っ越してきた女子大生であることに気がついた。そして彼女を放っておくことはできないと判断する。
「ノワ君、ちょっと待っててね。すぐ戻ってくるから」
日向子はノワールの頭を撫でて席を立つと、カツカツとヒールを鳴らしながら二人に近づいた。そして大きな声で罵倒を繰り返している男性の前に立ちはだかる。今にも泣き出しそうなサクラを背中に庇って、堂々と言い放った。
「ぶつかってしまって不快だったことは理解できます。ですが、若い女の子を怒鳴りつけるなんて大人の男がすることですか?」
「なんだよ、お前。無関係なら引っ込んでろ!」
「この子は私の知り合いです。弁償が必要なら、私がお支払いします」
日向子はそう言うと財布から紙幣を一枚取り出して、スーツの男性に押し付けた。店内の視線が一気に男性に集中する。視線に気づいた男性はチッと舌打ちをすると、日向子に紙幣を突き返して店から出ていった。自動ドアが閉まり、そのドスドスと大きな足音が聞こえなくなったところで日向子がホッと息をつく。
「怖かったねぇ。大丈夫?」
「あ、あの、ありがとうございます……!」
「いえいえ。お隣さんだもの」
日向子はサクラが零したトレイを拾い上げて、店員に掃除を頼んだ。店員は面倒くさそうに答えて、その場を片付けてくれる。
零れてしまったジュースとポテトを悲しげに見つめていたサクラがあまりにも気の毒で、日向子は思わず彼女に声をかけた。
「良かったらこのポテト、食べちゃってください」
「えぇっ!? いただけませんよ!?」
サクラは両手をふって断るが、日向子は笑ってポテトが乗ったトレイを差し出す。日向子にとって、大学生のサクラもまだ子供に見えた。お腹を空かせた子供をほうっておけるほど、薄情な人間にはなれなかったのだ。
「いいの、いいの。私、ハンバーガーだけでおなかいっぱいだから」
「えっと、じゃあ少しだけ……」
「よかったら、ここ座ってください。こんなおばさんと一緒で悪いんだけど」
「とんでもないです! ありがとうございます!」
ハルカは大きな声でお礼を言うと、深々と頭を下げる。礼儀正しい大学生の女の子に、日向子は笑みを深めて目の前の席に座るように促した。ノワールは先程の機嫌良さそうな顔から一変して、むすりと不機嫌な顔になってしまう。
「これではヒナコの分がないではないか」
唇を尖らせたノワールがじとりとサクラを見る。サクラは気まずそうに身を縮ませて、二人に頭を下げた。日向子はそんなノワールを宥めるように笑って頭を撫でる。
「ハンバーガーだけで大丈夫だよ。ノワ君に食べて欲しくてきたんだから」
「うむ……しかたのないヤツだ。ワガハイの分をわけてやろう!」
「えっ、いいの? ノワ君は優しいねぇ」
ノワールは自分のトレイからポテトをつまんで、日向子の口元に差し出す。ノワールのいじらしい優しさが可愛くて、日向子は思わず破顔してそれを受け取った。
「お子さんと仲がいいんですね」
こちらをじっと見つめていたサクラの言葉に、日向子は一瞬固まってしまう。しかしすぐに笑顔に戻って、ゆっくりとノワールの頭を撫でた。
「いえ、この子は友人の子なんです。普段は仕事で寂しい思いをさせてしまってるから、たまにはこうしてお出かけしようかなって。ね、ノワ君」
「ワガハイはいい子であるからな!」
ふすん、と鼻を鳴らして胸を張るノワール。ノワールは余裕の笑みを見せているが、内心は穏やかではなかった。
(この女の気配……只者ではないな。魔法少女の手の者かもしれん。油断はできまい)
「ヒナコはいつも頑張っているのである。……でも、ワガハイのせいで困っているのではないか?」
ノワールは日向子に甘えるような声を出して、大きな目で見上げた。子犬のようなキュートフェイスに日向子は骨抜きである。
「そんなわけないよっ! 私はノワ君と一緒に暮らしてから、毎日すっごく楽しいの。ありがとね、ノワ君」
ぎゅうぎゅうとノワールを抱きしめて笑う日向子と、満更でも無い顔をするノワール。日向子を手懐けるのは簡単だが、他の女はこうもいかない。なぜなら、日向子程の慈愛の精神を持つ女はいないからだとノワールは考えている。
「ワガハイ、ずっとヒナコと一緒にいたいのである」
ノワールの言葉は、あくまで打算によるものだ。これは日向子を手懐け、この油断ならない隣人を騙すためのものである。
「私もだよ、ノワ君」
そのはずなのに、日向子の言葉はなんだかこそばゆい。
(クソッ! 調子が狂うのである!)
ノワールは頬を赤らめながらも、日向子の胸に顔を埋める。ぷっくりと膨れた頬をつついて、日向子はノワールに自分の分のハンバーガーを差し出したのだった。
「サクラ! なんでそのままにしたんだゾ! あの子供は怪人で間違いないんだゾ!」
「でも、日向子さんは操られてなかったよ」
ハンバーガーショップからの帰り道。サクラは途中で別れて公園でブランコを漕いでいた。ピピが文句を言いながら髪を引っ張っていて鬱陶しい。
「きっとなにか事情があるんだよ」
「事情なんて関係ないんだゾ! 怪人ははやくタイホしないと、大変なことになるんだゾ!」
「分かってるけど……」
サクラは視線を落として、ピピに反論する。
「あの二人を引き離せないよ」
サクラがピピに面と向かって反論するのはこれが初めてだった。ピピはその小さな顔を真っ赤にして、羽をバタバタとうるさくはばたかせる。
「なんでなんだゾ!?」
「だって!」
サクラの大きな声に、ピピの動きが止まる。
「あの二人、すっごく仲良しなんだもん。離れ離れになるなんて、可哀想だよ。それに逮捕なんてしたら……」
ギュッと白くなるまで握りしめた拳を、膝の上に叩きつける。魔法少女だからこそ知っている、後ろくらい現実。それがなによりも苦しくて、サクラは唇を噛んだ。
「もう二度と、ふたりは会えなくなっちゃうんだよ。そんなの、そんなのって……」
「サクラ……」
涙を浮かべるサクラに、ピピは慰めるように頭に止まってその髪を撫でる。
「サクラが優しい子なのは分かってるんだゾ」
「うん……」
「でも、あの二人はいつかは離れ離れになっちゃうんだぞ」
「うん、わかってる。わかってるよ。あの子がなにか悪さをしたら、私が全力で止める。だから……」
サクラは涙を拭って、決心を固めた目でピピを見る。
「もう少しだけ、あの二人をそっとしておこう」




