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世界を滅ぼす君と、本日の晩餐を 〜バリバリキャリアウーマン、ちっちゃくなった悪の親玉を拾って育てます!〜  作者: しらたき 茶々麻呂


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10/14

10_夜明けとふかふかホットケーキ

「はぁ……」


 日向子は家に帰り、眠っているノワールを寝室に横たえてため息をついた。


「今日は大変だったなぁ」


 元カレが悪役(ヴィラン)にされちゃって、魔法少女に助けられて。魔法少女たちにノワールの角を見られてしまった時は、どうしようかと思ったけれど何とか切り抜けた。


「怪人に憧れてるって言っちゃったけど、信じてないよねぇ」


 ノワールの角を誤魔化すのは至難の業だった。だからなんとか言い訳を(ひね)り出して、ノワールが怪人に憧れているという()()を生み出したのだ。特に疑り深いドリーム・ブルーはなかなか信じてくれなかったけれど、ドリーム・ピンクが信じてくれたことにより(こと)なきを得た。


「……ノワ君」


 ノワールは疲れ果ててしまったのか、朝比奈と対峙してから目覚める気配はない。あの時、日向子を守った姿が彼の本来の姿であることは分かっていた。その姿が、ニュースで見ていた悪の組織、エクリプス団の団長、ノワール・ラグナロクであることも。


「ノワ君は、ほんとに悪い人なの?」


 どうして小さくなってしまったのか。どうしてアパートのゴミ捨て場にいたのか。どうしてこの家で暮らす気になったのか。


 聞きたいことはたくさんあるけれど、この小さな男の子に全ての質問と不安をぶつけるのは(こく)に思える。だから日向子は言葉をぐっと飲み込んで、ノワールの隣に横たわった。


「おやすみ、ノワ君」


 日向子はノワールの乱れた前髪を整えて、毛布をかける。そして足元から這い上がってくる気怠(けだる)い眠気に身を任せて、眠りに落ちていった。




「……」


 日向子が夢の中に旅立った頃。ノワールの目がパチリと開き、緋色の瞳が顕になった。すぐにむくりと起き上がると、日向子の顔を覗き込んだ。彼女の間抜けな寝顔を見ていると、なんだか心が落ち着かない。だが。不思議なことに、嫌な気分ではなかった。


「そこにおるのだろう、アルタミア」


 おもむろに口を開いたノワールの声は、幼い子供のものではなかった。低く、大人の男のような声は容姿には似つかわしくないものだ。


「気づいていらしたのですね、ボス」


「当然だ」


 ノワールは日向子を守るように立ち上がり、窓際から現れた女を見上げる。白いカーテンが風に揺れ、月光が女を照らした。アルタミアと呼ばれた女は、特徴的な二本の黒いツノを生やしており、長いまつ毛に縁取られた黒い瞳でノワールを見つめて微笑む。


「そのお姿について、ご説明いただけますか?」


「魔法少女に遅れをとったといえば満足か」


「あなた様ともあろうお方が?」


 ノワールはチッと舌打ちをして、アルタミアから視線を逸らした。日向子と会う直前、あの忌々(いまいま)しい小娘共との戦いを思い出す。


「……別に。斜線に子猫が入り込んだだけだ」


 そう、魔法少女を討ち取ることは簡単だった。その車線にたかが子供が転がり込んできたことなど、些事(さじ)だったはずだ。しかしなぜか身体が動かなかった。その一瞬で引けを取ってしまったという事実は、ノワールの胸に重くのしかかっている。


 だからこそ、子供の姿を利用して日向子の元に転がり込んでいるだけなのだが。


「その小娘を庇い立てするとは思いませんでしたわ」 


「今の吾輩には必要な隠れ(みの)だ。邪魔をするな」


 キッと強く睨みつける姿は、幼い子供ではなく怪人特有の圧があった。そのあまりの強い圧に気圧(けお)されるようにアルタミアは後ずさって、頭を垂れた。


「……申し訳ありません」


「良い。だが二度目はないぞ」


「承知いたしました」


 アルタミアはノワールの言葉に頷き、影に溶けるように立ち去った。この部屋に己と日向子だけになった時、ようやく大きな息を吐いた。


 正直なところ、アルタミアはエクリプス団の幹部としては非常に優秀だが厄介な部下だと思っている。というのも、常にこちらの隙を伺って背中を刺そうという殺気を感じるのだ。全く、油断も隙もない。


「ヒナコ」


 眠っている日向子の名を呼ぶ。


「ん……?」


 日向子はうっすらと目を開けて、ゆるゆるとノワールに手を伸ばした。てっきり起きることは予想外で、ノワールは彼女の顔を覗き込む。


「ねれない?」


「いや。眠っていろ」


 日向子の手に身体を預けながら、ノワールは低く呟いた。彼女は安堵したのか、ノワールの身体を胸元に抱き寄せてまた目を閉じた。ノワールは彼女の温もりに身体を預けながら、考えにふける。   


 先程咄嗟(とっさ)に彼女を守ってしまったのは、ただの打算のはずだった。しかし自らの力を削ってまで守る価値が、果たしてあったのだろうか。日向子がダメなら他の女に乗り換えればいいものを。


「……まぁ、いい」


 ノワールは一人呟いて、目を閉じる。一人の入れ込むのは危険だ。それなのになぜか目が離せない不思議な女。それが小鳥遊日向子という女だ。


「おやすみ」


 日向子の胸に抱かれながら、ノワールは夢の中へと意識を手放した。



「おはよう、ノワ君!」


 ノワールが次に目を開くと、部屋いっぱいに甘い香りがしていた。濃厚なバターの香りと、香ばしいメープルシロップの香り。日向子が作っていたのはノワールのお気に入りの朝ごはん、ホットケーキだ。


「む! 今朝もご苦労なのである!」


「ふふ、ノワ君てば寝癖ついてるねぇ。あとでキレイにしようね」


「ブラッシングはイヤなのである!」


「ワガママいわないのー」


 そんな他愛もない話をしながら、二人は食卓につく。昨晩のトラブルなんてなかったように、穏やかな時間が過ぎていく。


「やはりヒナコの作る供物がいちばんであるな!」


 ふわふわのホットケーキにフォークを突き刺し、おおきな一口で頬張る。バターの塩気と小麦の香り、しみしみのメープルシロップの甘みが口いっぱいに広がって、ノワールは満足気なため息をついた。


「そお? よかった!」


「うむ、ほめてつかわす!」


 ノワールは日向子に向かって、にこやかな笑顔を浮かべる。エクリプス団の団長として生きていた頃からは考えられぬ、腑抜けた顔だろう。しかしノワール本人にとって、日向子との食事の時間だけは悪くないと思えていた。




 同刻、高層ビルの屋上で一人の女が佇んでいた。エクリプス団第一幹部、アルタミアである。


「団長があそこまで落ちぶれるとは……」


 視線の先には、日向子と朝食をとるノワールの姿があった。ふくふくのほっぺたを桃色に染め、女の名を愛おしげに呼ぶ。


「団長は、あの女狐に心を奪われてしまったのね」


 アルタミアの独り言がぽつりと落ちる。その声音は、恋する少女のそれだった。


「わたくしの、()()()()()()の団長だったのにぃいい……!」      


 涙を浮かべ、地団駄を踏むアルタミアの姿は幼子の癇癪(かんしゃく)そのものだった。怪人たちは見た目こそ成人と変わらないが、中身は未熟な個体が多い。アルタミアも例外なく、実年齢と外見年齢はかけ離れていた。


「ぜったい、ぜったい! わたくしの元に取り戻してやるんだから! 覚悟なさい、小鳥遊日向子!!」 

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