29:天使のパン工房
その大きな工房は、エテールの人々に、天使のパン工房とよばれているそうだ。
その天使のパン工房とよばれる建物は、主にパン作りを教えたり、新しいパンを開発する場所のようだ。
建物の中にはパンの研究用の工房と、パン作りを学ぶための工房がいくつかあり、パン作りを学ぶ工房は広く作られ、多くの生徒が見学や試作を行えるようになっているのだ。
「だいたいこの天使のパン工房の施設は、ざっとこんなもんでさあ・・・」
一通り天使のパン工房の見学が終わると、次に私達は新しいパンを研究するための、工房へ案内されてきた。
その工房では、パンを焼くための窯はもちろん、料理を作る場所や、試食するための椅子やテーブルなど、新しいパンを研究するために必要な、さまざまなものが揃っていた。
「料理をされるなら、こちらなどいかがでしょうか?」
ビリーくんが案内してきた工房を、指し示しながらそう勧めてきた。
「いいね。じゃあさっそくカレー作りに、取り掛かろうかな?」
「おお! カレーか!? あれは美味いからな!」
私がカレー作りに取り掛かろうとすると、リンデルがそんなことを口にした。
どうやらリンデルは、カレーを食べたことがあるようだ。
確か元第2王子あたりがカレーを気に入って、交易を開くべきだとか言っていたし、カレーはすでに、限定的に出回っているのかもしれない。
「カレーは王族や、一部の美食に興じる貴族にのみ出回っているわね。まだこのエテール領では、取り扱ってはいないわ。お父様とクリフォード兄様が、1年に1度は口にすると言っていたから、そうとう貴重なのはわかるんだけどね」
カレーの広まりについて、エイリーン夫人が簡単に説明してくれる。
ちなみにカレーの原料となるスパイスは、毎年ソロモン獣人国から私宛にも送られてきている。
私が目覚めたときには、その宛先が王宮に変更されていたのには少し驚いたがね。
これは王都のエテール家がなくなり、パラディール家と名を変えたことが影響しているそうだ。
パラディール家といえば、アルフォンスくんが新たに立ち上げた家だ。
ようするにあのお屋敷は、アルフォンスくんにあげちゃったんだね。
ジュ~・・
鍋に油をひいたら、まずサイコロ状に切ったビッグオストリッチの肉を、炒めていく。
別の鍋でみじん切りにした玉ねぎを茶色になるまで炒めたら、切ったジャガイモやニンジンも加えていくのだ。
野菜全体に火が通ったら、先ほど焼いていた肉も合わせて、水を加えていく。
ゴトゴト・・・
「カレーは煮込むほど美味しいんだよ。今回は待っている人がいるから、あまり時間はかけられないけどね」
私はオタマで、浮いてきたアクをとりつつそう説明した。
「それが例のカレースパイスですかい!?」
私が仕上げに火を止め、カレースパイスを入れようとすると、ビリーくんがそう尋ねてきた。
「うん。これは最低でも10種類のスパイスが混ぜ込んであるんだ」
カレーを美味しく作るなら、スパイスは最低でも10種類は欲しいところだ。
レッドチリ、ターメリック、クミン、コリアンダーなどの4種があれば、いちおうそれなりのカレー味にはなるが、私的にはそれでは味の深みにおいて、満足できない部分があったのだ。
「話に聞いちゃあいましたが、10種も高価なスパイスが入っているとなると、とてもじゃないですが庶民の口には入りませんぜ・・・」
ビリーくんの言うように、この国におけるスパイスはとても高価な部類に入る。
それが10種も入るとなると、超高級料理に分類されてしまうほどだ。
私的にはこのカレーの味を知って、ビリーくん達に、カレーパンに挑戦してほしいのだが、その道はとても険しいものになりそうだ。
「味はどう?」
私はカレーを小皿にとって、ビリーくんに味見を勧めた。
「ほう・・・こりゃあ・・・あのパンが合うな・・・」
カレーを味見した結果、ビリーくんはあるパンを閃いたようだ。
「わたくしも一口いいかしら?」
「オレも!!」
「ワタシも!!」
どうやら料理に夢中になりすぎて、私の後ろで鍋を覗き込みながらメモを取っていた、エイリーン夫人や、リンデルやアイリンの存在を忘れていたようだ。
「ごめんね。すぐに用意するから。でもリンデルとアイリンは、後でゆっくり味わってね?」
「ちぇ~!」「なんだよそれ!」
私のその言葉を聞いた2人が、不貞腐れたようにそう口にした。
「確かに深い味ね。とても美味しいわ。でもこの辛いのはどうにかならないのかしら?」
どうやらエイリーン夫人は、このカレーの辛さが気になったようだ。
今回は子供もいるし、辛みは抑えたつもりだったが、まだ辛すぎるようだ。
カレーに慣れない人の中には、こういった反応を示す人がいることも確かだ。
「ではヨーグルトを足しましょう」
「ほう? そのヨーグルトがカレーの辛みを抑えるので?」
ヨーグルトはこのイーテルニル王国に、わりと出回っている食材だ。
このヨーグルトを入れることで、カレーの辛みがよりマイルドになり、コクも増すのだ。
「なるほど。辛みが抑えられましたね」
「そうね。これなら安心して子供達にも勧められるわね」
ビリーくんとエイリーン夫人は、再びカレーを味見するとそう感想を述べた。
「ガツガツ! お~!! カレー美味め~!!」
「本当! スプーンが止まらない!」
さっそくカレーを器によそって出すと、試食会を開始する。
食膳の挨拶が終わると、リンデルとアイリンは、さっそくカレーに食らいついた。
今回はお昼ご飯もかねているので、ビリーくんのもってきたパンがつくのだ。
そのビリーくんの持って来たパンは、チーズナンだった。
「むぐむぐ。このパンはカレーとの相性が抜群ですね」
チーズナンは焼きたてで、バターの香りもしっかりついていた。
カレーとの組み合わせも抜群だ。
「これは今から16年前に考案した天使のパンでさあ」
16年前といえば、まだ私が魔術学園に通っていたころだ。
この天使のパン工房では、毎年のように、新作の天使のパンを作り続けているようだ。
「フラレルチーズパンだよ!」
アイリンがそうパンの名前を叫んだ。
「最近までピザが大流行でして、毎年ピザを天使のパンとして、出すくらいでしたから。この年はシンプルなものをあえて考案してみたんでさあ。それがまた大評判で・・・・」
どうやら私が広めたピザが、このエテール領では最近大流行だったようだ。
「護衛の方はどうですか?」
私は同じくカレーを食べている護衛の2人にも尋ねてみる。
「「最高です!」」
護衛の2人は感激しながらも、そう味の感想を述べた。
「では最後にお待ちかねのデザートです」
私はそう言うと、収納魔法でいくつか小さな箱を出して、それぞれに配った。
パカ!
「ほう? これは?」
「黒いのはチョコレートでしょうけど・・・白いのは初めて見るわね?」
箱を開けたビリーくんとエイリーン夫人が、不思議そうな顔で、その白いお菓子を見つめた。
私が今回用意したその白いお菓子というのは、当然ホワイトチョコレートのことだ。
「それはホワイトチョコレートなんですよ」
私は得意げな顔で、そう白いお菓子の名を告げた。
「ホワイトチョコレートは確か想像上のお菓子だったはずよ!? 貴女それを再現しちゃったの!?」
エイリーン夫人が、それを聞いて驚愕の表情でそう口にする。
ホワイトチョコレートはパーシアちゃんとイリアちゃんの立ち上げたお菓子のお店の名前で、今までその名前は、想像上のお菓子の名前とされていたのだ。
「さすがリンネ様だ。どういった奇跡で、このホワイトチョコレートをお作りになったんで?」
「ハハハ。やだなあビリーくんもエイリーン夫人も。大げさだよ・・・」
私はそう言いつつ、カカオから抽出する油である、カカオバターの話など、ホワイトチョコレートの製法を、ざっくりとした感じに、詳しい部分をぼかしつつ、口頭で説明していった。
「そんなこと普通はなかなか思いつかないわよ。カリ・・・あら美味しい」
そう言いつつエイリーン夫人は、ホワイトチョコレートにかじりつく。
「何これあま~い!! 幸せ!!」
「カリカリ! この白いのもチョコレートなんだな!? 黒いのより甘いな!!」
アイリンとリンデルは、ホワイトチョコレートをカリカリと、美味しそうに食べながらそう味の感想を述べた。
「確かにこのチョコレートの甘みは、衝撃をおぼえますね。ドラゴンの護る貴重な木の実からできたお菓子です。まさに伝説と言っても過言のないお菓子だ・・・カリ!」
ビリーくんはチョコにかぶりつきながらそう口にした。
どうやら演劇を通して、龍の長老が護っているカカオの話は、かなり広まっているようだ。
あのカカオの実が、このイーテルニル王国でも育てられればいいのだが、今のところ成功はしていないようだ。
ビニールハウスのような施設を造り、魔道具の暖房などでしっかり完備すれば可能かもしれないが、それを可能にするには数々の研鑽が必要となるだろう。
この日カレーやチョコは、エテールの屋敷にエマちゃんも招いて、再び作ることになった。
実はエマちゃんとアレクシア夫人には、何度かチョコとカレーはご馳走したことがあるのだ。
さすがに2人ともホワイトチョコレートには驚いていたがね。
フェリックス伯爵とフォンティールのお爺ちゃんは、カレーもチョコは初めてのようで、食べたときは仰天していたよ。
研究馬鹿のクマさんは、この日から当分の間姿を見せなかったので、おそらくゴドウィン卿と研究に没頭しているのだろう。
【★クマさん重大事件です!】↓
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