20:懐かしの太陽の木漏れ日亭
「嬢ちゃん、シアースミス男爵家には挨拶していくのか?」
宿場街の関所に差し掛かると、クマさんはそんなことを私に尋ねてきた。
現在私達はエテール領を目指して旅をしている。
その途中でやってきたのが、この宿場街だ。
ヘンツさんの後部座席に乗っているリンデルは、宿場街は初めてのようで、目をキラキラとさせて、関所の通過を、今か今かと待ちかねている。
クマさんの言うシアースミス男爵家とは、この宿場街を統治している貴族だ。
貴族である私は、通常であれば貴族の礼儀として、彼らの屋敷に立ち寄り、挨拶をする必要があるのだ。
だがそんな面倒なイベントは御免なので、私はここで小技を使う。
「そ、その勲章は!? ドラゴンスレイヤーの!?」
私は関所いる衛兵のおじさんに、胸にドラゴンスレイヤーの勲章を付けて見せつける。
「今回はお忍びですので、どうかご内密に・・・」
「そ、そうですか・・・! それではそのように計らいます!」
衛兵のおじさんは、私のその言葉を聞いて何かを悟ったようだ。
私がお忍びであると伝えたところで、なにも衛兵は、シアースミス男爵家への報告を怠るわけではない。
一見無意味に見えるこの行動だが、向こうはお忍びであれば会うわけにはいかないなと、そこで納得するのだ。
建前を無視した行動は、貴族間では嫌われるので、特に大事にしなければならない。
だがこの作戦が通用するのは、立場が下の貴族までだ。
立場が上の貴族にこれをやると、失礼な態度としてとられかねない。
幸い私はただの男爵ではない。女王のお気に入りでしかも国の英雄だ。
立場的には子爵よりも上になったりする。
「お、お待ちください!!」
私がヘンツさんを走らせて、関所を通過すると先ほどの衛兵のおじさんが、もう1人の衛兵を連れ立って追いかけて来た。
「何か他に用事でも?」
私はヘンツさんを止めて、追いついてきた衛兵のおじさんに尋ねた。
「はあ、はあ・・・。ここから先は我々が護衛をいたします!」
まあ私達に護衛がいなければ、当然そうなるよね。
この宿場街で私達に何かあれば、お忍びとはいえ、シアースミス男爵家に迷惑がかかるのだ。
彼らがいようといまいと、私達の安全にそう変わりはないだろうが、建前上彼らの護衛は必要となるだろう。
これでは忍んでいるようで全く忍んでいない。
本当に貴族は面倒くさい。
仕方ないのでここからは、衛兵を伴って、歩いて目的の太陽の木漏れ日亭を目指す。
「ご案内は3名様でよろしかったですね?」
「はい。それでお願いします・・・」
太陽の木漏れ日亭に着くと、さっそく人数分の部屋をとる。
さすが有名な高級宿だけあって、貴族の対応には手慣れているようだ。
後ろに衛兵が控えていようと、顔色一つ変えず対応してくれる。
「ラッセルさんはお元気ですか? これから挨拶をと、思っているのですが・・・」
私はひさしぶりに、コック長のラッセルさんに挨拶するために、受付のお兄さんに尋ねる。
ラッセルさんとは、ここへ来るたびに料理談義などをしていた。
なので毎回初めに、挨拶をするのが通例となっていた。
「それではラッセル元コック長をお呼びしますので、少々お待ちください・・・」
受付のお兄さんは恭しく頭を下げると、宿の奥へと消えていった。
ラッセル元コック長? ラッセルさんはもうコック長ではないんだね・・・。
「お久しぶりですリンネ様、そして聖獣クマジロウ様・・・」
しばらくするとすっかり前髪が禿げ上がり、白髪となったラッセルさんが、コック服姿で出てきた。
実は魔術学園にいたころも、何度か宿には顔を見せ、会ってはいるのだ。
この10年でラッセルさんは随分と老け込んでしまったようだ。
この世界の人の寿命は、魔力を持っていなければ基本短い。
40代で他界する人も多いのだ。
ラッセルさんは現在50歳を超えたあたりなので、十分年寄りといえるだろう。
「実は最近アラグノールにコック長の座を譲りましてな・・・。今では悠々自適な毎日です」
現在ラッセルさんは仕込み以外の仕事には参加せず、それ以外はのんびりとしたり、料理の研究などをしているようだ。
ちなみにアラグノールとは、元新エルフ派リーダーのあのアラグノールだ。
彼は太陽の木漏れ日亭に来た時に、ラッセルさんに弟子入りし、料理人になっているのだ。
彼との仲はあまり良くはないので、わざわざよんだりはしないのだけどね。
初対面があんな感じだったしね・・・。
「しかしもう会えないと思っていたリンネ様と、こうして生きて再び会うことが出来たのは幸いでした」
「こちらこそ元気なラッセルさんに会えて良かったです。また料理談義などいたしましょう」
「はい。楽しみにしておりますよ」
そう言ってラッセルさんと挨拶を交わすと、次に案内を受けて。宿泊する部屋を確認するために向かう。
普通はここで荷物の整理などを行うのだが、荷物は全て私の収納魔法の中なので、着替えなどの必要なものだけ準備しておく。
その後はお待ちかねの食堂へと向かうのだ。
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