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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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9/53

「きっかけの作り方」

グラウンドの隅。


板橋は、何度目か分からない視線を向けていた。


その先には――


「はい、ドリンクです」


小さく頭を下げながら、選手たちにドリンクを配る由希の姿があった。


挿絵(By みてみん)


後輩マネージャー。


志保の一つ下で、真面目で、よく気がつく。


誰に対しても丁寧で、いつも一生懸命だ。


(……いいな)


そう思う。


けれど。


「……」


声をかけようとすると、途端に何を話せばいいのか分からなくなる。


練習のことなら、いくらでも話せる。

野球のことなら、困ることなんてない。


なのに、たった一言が出てこない。


「……はぁ」


板橋は、小さくため息をついた。


その様子を、少し離れた場所で寛人が見ていた。


「分かりやす……」


ぼそっと呟く。


隣にいた志保が、首を傾げた。


「何が?」


「いや、あいつ」


寛人が視線で板橋を示す。


志保はそちらに目を向け、しばらく様子を見てから――


「あー……」


すぐに察した。


「そういうことね」


「頼める?」


寛人が短く尋ねる。


志保は一瞬驚いたあと、くすっと笑った。


「いいよ」


少しだけ、悪戯っぽい笑みだった。


*


その日の練習も終盤に差しかかったころ。


「板橋君!」


志保が声をかけた。


「ん?」


「ちょっと守備練習、付き合ってもらっていい?」


「いいけど……」


板橋が答えると、志保はすぐに振り返った。


「由希、お願い」


「はいっ!」


その声に、板橋が顔を向ける。


由希がバットを持って立っていた。


「軽くノックを打つので、受けてもらってもいいですか?」


「……あ、ああ」


一瞬、戸惑う。


けれど、断る理由なんてない。


板橋はグラブをはめ直し、守備位置についた。


志保は二人の様子を確認すると、何食わぬ顔で言った。


「じゃあ、私は向こうに行くね」


「え?」


思わず声が出かけた。


(いや、ちょっと待て)


心の中で叫ぶ。


しかし、志保はすでに歩き出していた。


残されたのは――


板橋と、由希の二人。


「あ、あの……いきます!」


由希が少し緊張した様子でバットを構えた。


コツン。


緩いゴロが、板橋の正面へ転がってくる。


一歩前へ出て、捕球。


「……ナイス」


つい、口に出た。


「え?」


由希が顔を上げる。


「いや、いい打球だった。取りやすい」


「あ、ありがとうございます……!」


由希の頬が、ほんの少し赤くなった。


それを見て、板橋もなぜか落ち着かなくなる。


(……何を意識してんだ、俺は)


野球の練習だ。


いつもどおりやればいい。


そう自分に言い聞かせながら、グラブを構え直した。


「もう一本、お願いします!」


「お、おう」


今度は、少し強めの打球が飛んできた。


板橋は横へ一歩踏み出し、体を伸ばして捕球する。


流れるような動きだった。


「……いいな」


自然と、笑みがこぼれる。


「ちゃんとコース、打ち分けてるじゃん」


「いえ、まだ全然です……」


「いや、今の普通にいいぞ」


「本当ですか?」


「ああ。守りやすい」


その一言に、由希の表情がぱっと明るくなった。


「じゃあ、もう少し強くいきます!」


「おう、来い!」


さっきまでのぎこちなさが、少しずつ薄れていく。


打球を追い、捕って、言葉を交わす。


特別な話をしているわけじゃない。


ただ、一緒に練習をしているだけ。


それなのに、気づけば二人とも、最初よりずっと自然に笑っていた。


少し離れた場所で、その様子を見守る志保が小さく笑った。


「うまくいってるね」


隣の寛人が頷く。


「きっかけさえあれば、あとは自分たちで進めるもんさ」


「ほんと、よく見てるよね」


「別に」


寛人はそっけなく答えた。


視線は、グラウンドの二人に向けられたまま。


その口元だけが、ほんの少し緩んでいた。


夕方の風が、静かに吹き抜ける。


白球が転がり、誰かの笑い声が響く。


その片隅で――


小さな関係が、ひとつ動き出していた。

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