第8話「一回戦は、軽く越える」
夏の大会が、始まった。
蝉の声が、容赦なく降り注ぐ。
グラウンドの熱気は、立っているだけで体力を削っていく。
西北高校の初戦。
相手は、特別強くも弱くもない中堅校。
「初戦は硬くなるなよ」
上林監督の声が、静かに響く。
「やることは変わらん」
試合は、静かな立ち上がりだった。
マウンドには、上田。
初回。
上田のストレートが、唸る。
――ズバン!
「ストライク!」
三振。
もう一人も、三振。
(仕上がってるな)
白石は、静かに見ていた。
前までの力押しとは違う。
(意識してる)
左打者への配球。
内外の使い分け。
まだ甘いが、確実に変わっている。
二回。
一死。
左打者。
ベンチから声が飛ぶ。
「白石!」
呼ばれる。
(来たか)
白石は、ファーストからマウンドへ向かう。
すれ違いざま――
「抑えろよ」
上田が言った。
どこか、試すような響き。
「ああ」
短く返す。
上田は憮然とした表情でファーストの守備位置についた。
マウンドに立つ白石。
左打者。
(消す)
サイン。
初球――外。
腕を振る。
――シュッ
逃げるスライダー。
「ストライク!」
(いい)
二球目。
同じ軌道から、内へ。
――カンッ
詰まった。
ファウル。
三球目。
スローボール。
――ブンッ
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
三振。
ベンチが湧く。
「ナイス白石!」
(問題ない)
このレベルなら、まだ通用する。
試合は、そのまま進む。
白石は、左打者が出るたびにマウンドへ。
抑える。
また抑える。
完全に封じる。
(楽だな)
正直な感想だった。
プロの打者に比べれば――
読みも、対応も甘い。
五回終了。
スコアは、3対0。
西北リード。
「いい感じだな」
板橋が笑う。
「このままいけるぞ」
白石は、グラウンドを見渡した。
(繋がってる)
上田が抑え。
自分が消す。
シンプルだが、機能している。
だが――
そのとき。
「……あれ?」
ベンチの誰かが、声を上げた。
「なんか、向こう……」
相手ベンチ。
監督と選手たちが、何か話している。
そして――
こちらを見る。
じっと。
(……気づいたか)
白石は、目を細めた。
七回。
再びマウンドへ。
左打者。
(同じでいい)
サイン通り。
初球。
――カンッ
ファウル。
だが。
タイミングが合っている。
(二球目)
内へ。
――カンッ
またファウル。
さっきより、芯に近い。
(読まれてるな)
三球目。
スローボール。
――見送られる。
「ボール!」
四球目。
スライダー。
――カンッ!
打球が飛ぶ。
外野前。
ヒット。
(やっぱりか)
完全には通用しない。
一度見せた球。
対応される。
ベンチに戻る。
誰も責めない。
だが――
「次、どうする?」
板橋が、低く聞いた。
白石は、少しだけ考えて。
「変える」
短く答えた。
(このままじゃ、終わる)
試合は勝つ。
それでも――
(この先は通用しない)
その現実だけは、はっきり見えていた。
試合終了。
6対1。
西北高校、勝利。
歓声が上がる。
だが。
白石は、笑っていなかった。
(次は、読まれる)
その確信だけが、残っていた。




