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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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10/53

「始まった夏」

夏の大会が、始まった。


蝉の声が、容赦なく降り注ぐ。


グラウンドには熱気がこもり、立っているだけでも体力が削られていく。


西北高校の初戦。


相手は、特別強くも弱くもない中堅校だった。


「初戦だからって、硬くなるなよ」


上林監督の声が、ベンチに響く。


「やることは変わらん。いつもどおりいけ」


試合は、静かな立ち上がりを見せた。


マウンドには、上田。


初回。


上田のストレートが、唸りを上げる。


――ズバン!


「ストライク!」


空振り三振。


続く打者も、三振に仕留めた。


(仕上がってるな)


寛人は、一塁から静かに試合を見つめていた。


以前のように、ただ力で押すだけじゃない。


左打者に対する配球。

内外の使い分け。


まだ甘いところはある。


それでも、確実に変わり始めていた。


(ちゃんと意識してる)


上田も、自分なりに考えている。


そのことが、寛人には少し嬉しかった。


二回。


一死。


左打者を迎えたところで、ベンチから声が飛ぶ。


「白石!」


投手交代。


(来たか)


寛人はファーストミットを外し、マウンドへ向かった。


すれ違いざま、上田が声をかける。


「抑えろよ」


どこか、試すような響きがあった。


「ああ」


寛人は短く返した。


上田は何か言いたげな顔をしたが、それ以上は口にせず、一塁の守備位置についた。


挿絵(By みてみん)


*


マウンドに立つ寛人。


打席には、左打者。


(抑える)


久保からサインが出る。


初球――外角。


寛人は腕を振った。


――シュッ。


外へ逃げるスライダー。


「ストライク!」


(よし)


二球目。


同じ腕の振りから、内角へのシュート。


――カンッ!


詰まった打球が、ファウルゾーンへ転がる。


追い込んだ。


三球目。


今度はスローボール。


打者のタイミングが崩れる。


――ブンッ!


「ストライク! バッターアウト!」


ベンチが沸いた。


「ナイス、白石!」


寛人は軽く手を上げて応えた。


(問題ない)


このレベルなら、まだ通用する。


プロの打者に比べれば、読みも対応も甘い。


球の軌道を見極める力も、狙い球を絞る判断も、まだ粗い。


今の自分の投球なら、十分に抑えられる。


試合は、そのまま進んだ。


左打者が打席に立つたび、寛人がマウンドへ向かう。


抑える。


また抑える。


相手打線は、寛人の投球を捉えられなかった。


(楽勝だな)


それが、正直な感想だった。


五回終了。


スコアは三対〇。


西北高校がリードしていた。


「いい感じだな。このままいけるぞ」


板橋が笑う。


寛人は返事をせず、グラウンドを見渡した。


上田が相手打線を力で押さえる。


自分が左打者を封じる。


久保が二人の持ち味を引き出す。


(繋がってる)


シンプルだが、機能していた。


今のところは。


そのときだった。


「……あれ?」


ベンチの誰かが声を上げた。


「なんか、向こう……」


相手ベンチを見ると、監督を中心に選手たちが円陣を組んでいた。


何かを確認するように話し合っている。


やがて、円陣が解けた。


選手たちが、それぞれの守備位置へ散っていく。


その途中、一人がこちらを見た。


いや、一人だけじゃない。


何人もの視線が、寛人に向けられていた。


(……気づいたか)


寛人は、わずかに目を細めた。


*


七回。


再び、左打者を迎える。


寛人がマウンドに上がった。


(同じでいい)


久保のサインに頷く。


初球、ストレート。


――カンッ!


ファウル。


だが。


(……タイミングが合ってる)


打者は、さっきまでとは違った。


二球目。


内角へのシュート。


――カンッ!


またファウル。


今度は、さっきより芯に近い。


(読まれてるな)


三球目。


スローボール。


寛人は腕を振った。


だが、打者はバットを出さない。


「ボール!」


(見送ったか)


四球目。


スライダー。


――カンッ!


乾いた打球音が響いた。


打球は内野を抜け、外野の前へ落ちる。


タイムリーヒット。


走者がホームへ返ってきた。


(やっぱりか)


寛人は、打球の行方を見つめた。


完全には通用しない。


一度見せた球は、相手に情報を与える。


軌道を覚えられ、タイミングを測られ、次の球を待たれる。


どれほど変則的な投球でも、見られ続ければ対応される。


(このままじゃ、抑えきれなくなる)


*


ベンチに戻る。


誰も寛人を責めなかった。


失点はしたが、まだ試合の主導権はこちらにある。


それでも、板橋が低い声で尋ねた。


「次、どうする?」


寛人は少しだけ考えた。


「変える」


「何を?」


「全部じゃない。配球も、見せ方も……少しずつ変える」


そう答えながら、頭の中では次の投球を組み立て始めていた。


(このままじゃ、終わる)


今日の試合は、勝てるだろう。


実際、その後も西北高校はリードを守りきった。


試合終了。


六対一。


西北高校、初戦突破。


歓声が上がり、選手たちが互いの健闘を称え合う。


「よし、まずは一勝だ!」


板橋が声を上げる。


上田も、少し満足そうに笑っていた。


寛人も、勝利を喜んでいないわけではなかった。


ただ――。


(次は、もっと早く対応される)


今日の相手は、まだ対応しきれなかった。


けれど、次の相手はどうだろう。


その次は。


さらに、その先は。


同じ球を投げ続けるだけでは、いつか必ず限界が来る。


寛人は、静かにマウンドを振り返った。


初戦は勝った。


だが、自分の中では、次の戦いがもう始まっていた。

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