第10話「封じた球、残る痛み」
七回途中。
マウンドには、白石。
――いや。
中身は、プロ野球選手、虹原。
だが。
その表情は、苦しそうだった。
「くそ……っ」
変化球が、ことごとく合わされる。
カキン。
また打たれる。
外したはずのコース。
なのに、バットが出てくる。
(読まれてる……?)
いや。
違う。
(この体じゃ、キレが足りない……)
プロ時代の感覚。
それが、再現できない。
「白石!」
久保の声。
次のサイン。
外角低め。
だが――
白石は、首を振った。
一度。
二度。
久保が、目を見開く。
(まさか……)
白石は、ゆっくりと頷いた。
(使うのか……今、ここで)
かつて。
封じた球。
理由は、単純だった。
体に、負担がかかりすぎる。
そして――
“制御できなければ、ただの暴投になる”
(でも――)
ランナー三塁。
一点もやれない。
(ここで止める)
セットに入る。
深く、息を吸う。
腕を振る。
――シンカー。
ボールが、沈む。
打者のバットが、空を切る。
ミットに収まる。
「ストライク!」
球場が、ざわつく。
次の一球。
同じ腕の振り。
さらに、沈む。
ゴロ。
ショート。
捕る。
送る。
アウト。
チェンジ。
マウンドを降りた瞬間。
白石の――いや、虹原の表情が歪む。
「……っ」
左肘に、違和感。
鈍い痛みが、残る。
(やりすぎたか……)
でも。
止めた。
それでいい。
そして――
九回裏。
同点。
二死。
ランナー、一塁。
打席には、白石。
(……打てるわけねぇだろ)
心の中で苦笑する。
プロでも、リリーフ専門。
打席なんて、ほとんど立ったことがない。
(でも――)
ベンチを見る。
仲間が、いる。
(繋ぐだけだ)
構える。
初球。
外。
カット。
ファウル。
二球目。
低め。
カット。
ファウル。
三球目。
ボール気味。
それでも――
カット。
ファウル。
観客が、ざわつく。
「……粘るな」
汗が、落ちる。
左肘が、うずく。
(関係ねぇ)
次の球。
わずかに外れる。
振らない。
「ボール!」
フルカウント。
もう一球。
投手が、投げる。
際どいコース。
――見送る。
「ボールフォア!」
出塁。
小さく、息を吐く。
(……繋いだ)
ベンチが、湧く。
そして――
打席には、板橋。
静かな顔。
初球。
振り抜く。
――打球は、三遊間。
抜ける。
ランナーが、還る。
サヨナラ。
歓声が、爆発する。
板橋は、拳を握る。
白石は、その場に立ち尽くす。
左肘に、違和感。
でも。
その顔は――
少しだけ、笑っていた。
「……なんとかなったな」
その呟きは、歓声に消える。
だが。
その代償は――
確かに、残っていた。




