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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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11/53

「不協和音」

二回戦当日。


試合前のブルペンで、上田は投球練習を続けていた。


一球。


また一球。


捕手のミットに、力強い音が響く。


――パシッ!


いつもどおりの投球。


そう思った、そのときだった。


「……ん?」


上田は、右手の指先に目を落とした。


爪のあたりに、わずかな違和感がある。


痛みというほどではない。


投げられないわけでもない。


ただ、ボールを離す瞬間、何かが引っかかるような感覚があった。


上田は指先を握り込んだ。


もう一度、ボールを握る。


(気のせいだ)


そう言い聞かせ、腕を振った。


――パシッ!


問題ない。


少なくとも、今は。


「……大丈夫だ」


誰に言うでもなく、呟いた。


寛人に借りを作りたくない。


前の試合では、寛人が左打者を抑えてくれた。


あいつがいなければ、もっと苦しい試合になっていたかもしれない。


だからこそ、今日は自分が投げる。


自分の力で、チームを勝たせる。


そう決めていた。


*


試合開始。


上田はマウンドに立った。


いつものように、捕手のサインを見る。


セットポジションから、腕を振る。


――ボール!


「……っ」


思ったところに投げられなかった。


もう一球。


今度こそ。


――ボール!


先頭打者に、フォアボール。


上田は小さく舌打ちした。


(何やってんだ、オレは)


続く打者にも、ボールが先行する。


指先が気になる。


ボールを握り直す。


指のかかりを確かめる。


だが、意識すればするほど、いつもの感覚が遠のいていく。


「……くそっ」


結局、二人目もフォアボール。


ノーアウト、一・二塁。


一塁を守る寛人が、マウンドを見つめた。


(上田……)


いつもなら、多少制球が乱れても力のある球で押し切る。


それが、今日の上田にはできていなかった。


次の打者。


打球は内野ゴロ。


西北の守備陣が動く。


併殺を狙う。


だが――。


送球がそれた。


捕球できず、ボールが転がる。


タイムリーエラー。


先制点が入った。


さらに、続く打者にも打たれる。


追加点。


スコアボードの数字が、少しずつ増えていった。


寛人は、たまらずマウンドへ向かおうとした。


「上田、俺が――」


「寛人!」


マウンドから、鋭い声が飛んだ。


「いいから一塁に帰れ!」


「でも……」


「オレが出したランナーだ! オレが投げるって言ってんだろ!」


上田の怒声が、グラウンドに響いた。


寛人は足を止めた。


上田の顔には、悔しさがにじんでいた。


怒っているのは、寛人に対してだけではない。


思うように投げられない自分自身に、腹を立てている。


それでも、寛人には頼りたくない。


少なくとも、今は。


寛人は何かを言いかけた。


だが、結局、言葉を飲み込んだ。


「……分かった」


そう答え、一塁へ戻る。


マウンドには、上田が残った。


*


上林監督も、すぐには動かなかった。


上田を信じているのか。


それとも、本人の意地を汲んでいるのか。


その表情からは、読み取れない。


ベンチでは、志保が心配そうに試合を見つめていた。


いつもの上田ではない。


投げるたびに指先を気にし、ボールを握り直している。


寛人がマウンドへ向かおうとするたび、上田はそれを拒んでいた。


(上田君……)


志保の胸に、小さな不安が広がる。


何かがおかしい。


けれど、今の自分には、二人の間に割って入ることもできなかった。


試合は、容赦なく進んでいく。


二回。


三回。


上田は何とかマウンドに立ち続けた。


だが、制球は戻らない。


フォアボールが重なる。


守備のミスも出る。


相手打線も、甘く入った球を逃さなかった。


一つの失点が、二つになり、三つになる。


気がつけば――。


五回表。


スコアボードには、七対〇の数字が並んでいた。


西北高校、七点のビハインド。


ベンチに重い空気が流れる。


このままでは、コールドゲームも避けられない。


上田はマウンドで、荒い息を吐いていた。


右手に目を落とす。


指先を、強く握り込む。


思うように投げられない。


チームを助けるどころか、自分が足を引っ張っている。


それでも――。


上田は顔を上げた。


「……まだだ」


かすれた声だった。


それでも、マウンドを降りるつもりはなかった。


一塁から、寛人がその姿を見つめていた。


(上田……)


助けたい。


このまま、一人で背負わせたくない。


だが、無理にマウンドへ行けば、上田の意地を踏みにじることになる。


どうすればいい。


寛人は、拳を握りしめた。


ベンチでは、志保も二人を見つめていた。


誰もが苦しい。


誰もが、何とかしたいと思っている。


それなのに、まだ誰も、次の一歩を踏み出せずにいた。


七対〇。


重い数字が、スコアボードに刻まれている。


このままでは終われない。


寛人は、もう一度マウンドを見た。


そして――。


西北高校のベンチには、まだ誰も口にできない予感が、静かに生まれ始めていた。

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