第7話「きっかけの作り方」
グラウンドの隅。
板橋は、何度目か分からない視線を向けていた。
その先には――
「はい、ドリンクです」
小さく頭を下げながら、選手にドリンクを渡す由希の姿。
後輩マネージャー。
志保の一つ下。
真面目で、よく気がついて。
誰に対しても丁寧で。
――いいな、って思う。
「……」
でも。
声をかける理由が、ない。
「……はぁ」
小さくため息をつく。
その様子を。
少し離れた場所で、白石が見ていた。
「分かりやす」
ぼそっと呟く。
隣では、志保が首を傾げた。
「何が?」
「いや、あいつ」
視線で、板橋を指す。
志保が少し見て――
「あー……」
すぐに理解した。
「そういうことね」
「頼める?」
白石が短く言う。
志保は一瞬驚いて――
「いいよ」
少しだけ悪戯っぽく笑った。
その日の練習終盤。
「板橋くん」
志保が声をかける。
「ん?」
「ちょっと守備付き合ってもらっていい?」
「いいけど……」
「由希、お願い」
「はいっ」
その声に、板橋が振り向く。
由希が、バットを持って立っていた。
「軽くノック打つので、受けてもらってもいいですか?」
「……あ、ああ」
一瞬戸惑いながらも、グラブを構える。
志保はその様子を確認して――
「じゃ、私は向こう行くね」
さっと離れる。
(え、ちょっと待て)
心の中で叫ぶが、もう遅い。
グラウンドには。
板橋と、由希の二人。
「いきます」
由希が、小さく構える。
バットを振る。
コツン。
ゆるいゴロが転がる。
板橋が、一歩前へ。
捕る。
「……ナイス」
つい、口に出る。
「え?」
「いい打球。取りやすい」
「あ、ありがとうございます……!」
少し照れながら、もう一度構える。
今度は、少しだけ強め。
打球が速くなる。
板橋が反応する。
横へ一歩。
伸ばす。
捕る。
「……いいな」
自然と、笑っていた。
「ちゃんとコース打ち分けてるじゃん」
「いえ、まだ全然です……」
でも、その顔は少し嬉しそうで。
「いや、今の普通にいい」
「本当ですか?」
「ああ。守りやすい」
その一言で。
由希の表情が、ぱっと明るくなる。
「じゃあ、もう少し強くいきます!」
「おう、来い」
やり取りが、自然になる。
ぎこちなさが、少しずつ消えていく。
少し離れた場所で。
志保が、小さく笑う。
「うまくいってるね」
白石が頷く。
「きっかけさえあれば、あとは勝手に進む」
「ほんと、よく見てるよね」
「別に」
視線は、グラウンドのまま。
でも。
その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
夕方の風が、静かに吹く。
その中で。
小さな関係が、ひとつ動き出していた。




