第6話「ミットの中の違和感」
夏の県予選大会を数週間後に控えて、キャッチャー久保からの提案でバッテリーミーティングを開いた。
外は夕方の光が、少しだけ傾いている。
「もう一回、いいか」
久保がミットを構えた。
マウンドには、白石。
コクリと頷く。
――シュッ
パシッ。
ミットに収まる音。
だが。
(……なんだ今の)
久保の眉が、わずかに動く。
「もう一球」
――シュッ
パシッ。
同じコース。
同じフォーム。
だが――
(違う)
久保は、ゆっくりとミットを下ろした。
「お前さ」
白石を見る。
「何考えて投げてる?」
白石は、一瞬だけ考えてから答えた。
「打者の“次”」
「次?」
「今じゃなくて、その次に何を振らせるか」
久保の表情が、変わる。
(こいつ……)
「さっきの球」
久保が言う。
「わざと抜いただろ」
「ああ」
「なんでだ」
白石は、当たり前のように言った。
「次で振らせるため」
一瞬、言葉が出ない。
(普通は逆だろ)
速い球で押して、遅い球で崩す。
だがこいつは――
逆をやっている。
しかも。
「今の、全部見えてたのか?」
「だいたいな」
「打者いないのに?」
「いる前提で投げてる」
久保は、思わず笑った。
「なんだそれ」
だが。
ミットの中の感触が、残っている。
同じフォームなのに。
同じ球じゃない。
タイミングが、ずれる。
(打者、嫌だろうなこれ)
久保は、ゆっくりと立ち上がった。
「なあ」
白石を見る。
「次、俺がサイン出していいか」
一瞬の間。
白石は、頷いた。
「いいぞ」
久保は、ミットを構える。
サインを出す。
(試す)
この投手を。
この配球を。
――シュッ
パシッ。
思わず、息が漏れる。
(ハマる)
完全に、意図通り。
久保は、ミットを握りしめた。
(これ……)
「なあ白石」
「なんだ」
久保は、少しだけ笑った。
「お前、面白いな」
白石は、少しだけ首をかしげる。
「そうか?」
「ああ」
はっきりと、言った。
「これ、使える」
その言葉は。
初めて、チームの中で――
白石の価値を認めた声だった。
そしてそれは。
“繋ぐ野球”の、始まりでもあった。




