「当ててみなよ」
フレームに当たるカキン、と乾いた音が響く。
ボールが、的のギリギリをかすめて落ちた。
「おしい!」
明るい声。
振り向くと、志保が笑っていた。
「今の当たったと思ったのに」
「ボール半個外れてる」
寛人は短く返す。
「厳しいなあ」
ここは、志保の家がやっているバッティングセンター
学校帰り、半ば強引に連れてこられた。
志保の会話から推測するに、白石寛人は小学生からよくここに世話になっていたようだ。
「はい、もう一枚」
志保がメダルを差し出す。
「本当にいいのか」
「他の人には内緒ね」
ウインク。
(こういうやつか)
少しだけ、息が抜ける。
セットポジションからプレートに立つ。
ストライクアウト。
的は九枚。
(低め、外)
腕を振る。
――カンッ
一枚、抜いた。
「ナイス!」
志保が、素直に喜ぶ。
(……変な感じだな)
こんな空気、久しぶりだった。
プロの世界にはない。
勝つか、負けるか。
それだけだった。
「最近さ」
志保が、隣に立つ。
「ちょっと変わったよね」
ドクン、と心臓が鳴る。
「そうか?」
「うん」
まっすぐな目。
「なんかさ」
少し考えてから、言う。
「ちゃんと野球してる顔になった」
――言葉が、詰まる。
(……何だそれ)
だが。
悪い気は、しなかった。
「前は違ったのか」
「うーん」
志保は、首を傾げる。
「野球は好きだけど、迷ってる感じかな?」
「今は――」
少しだけ、笑った。
「覚悟決めた顔」
寛人は、視線を逸らした。
(勝手に言ってろ)
だが。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
「もう一球」
マウンドに戻る。
(覚悟、か)
腕を振る。
――カンッ
また一枚。
そのとき。
「そういえばさ」
志保が、何気なく言った。
「この前ニュースで見たんだけど」
寛人の動きが、わずかに止まる。
「プロ野球の選手がさ、試合中に打球当たって」
空気が、少しだけ変わる。
「まだ意識戻ってないらしいよ」
沈黙。
「……へえ」
それだけ返す。
「横浜の選手だったかな」
――心臓が、強く鳴った。
(やめろ)
知らない。
考えるな。
「大丈夫かなあ」
志保が、ぽつりと呟く。
寛人は、何も言わなかった。
いや、言えなかった。
(……俺、か?)
頭の奥に、あの瞬間がよぎる。
白いボール。
避けられない軌道。
目の前に迫る影。
――そこで、記憶は途切れる。
「おーい?」
志保の声で、現実に戻る。
「次投げないの?」
「ああ……」
軽く息を吐く。
(関係ない)
今は、こっちだ。
マウンドに立つ。
最後の一球。
狙いは――ど真ん中。
腕を振る。
――カンッ!!
真ん中を撃ち抜いた。
「やったね!すごい!百発百中じゃん!」
志保が、飛び跳ねる。
寛人は、少しだけ笑った。
ほんの、少しだけ。
「ねぇ寛人」
志保が、急に真面目な顔になる。
「次の試合、勝てると思う?」
寛人は、少しだけ考えて――
「分からない」
正直に言う。
「でも」
一拍おいて。
「繋げば、勝てる」
その言葉に。
志保は、ふっと笑った。
「そっか」
夕焼けが、バッティングセンターの窓から差し込む。
その中で。
寛人は、静かに拳を握った。
(時間は、長くない)
老人の言葉が、頭をよぎる。
だからこそ。
(全部できなくてもいい)
繋ぐんだ。
それだけは、やりきる。
次の試合へ向けて。
物語は、静かに進んでいく。




