第4.5話「間に入る声」
夕方のグラウンド。
ノックが終わり、全体練習が一区切りついた頃だった。
「もう一回言うけどな」
上田の声が、はっきりと響く。
「投手ってのは、一人で投げ切るもんなんだよ」
白石は、正面からその視線を受け止めた。
「それはお前のやり方だろ」
「やり方じゃねえ。常識だ」
「じゃあ聞くけど」
白石が一歩踏み出す。
「お前、左に打たれてるのも“常識”か?」
空気が、止まる。
上田の表情が変わった。
「……何が言いたい」
「勝つためにやるんだよ」
白石の声は、静かだった。
「一人で投げるためじゃない」
「チームで勝つためだ」
「だったら俺を信じろよ」
上田が食い気味に返す。
「任せろって言ってんだ」
「任せた結果がこれだろ」
ピリ、と空気が張り詰める。
周りの部員たちが、息を呑む。
(まずいな……)
板橋が、小さく顔をしかめたその時――
「はいはい、ストップ!」
明るい声が割って入った。
二人の間に、ひょいっと入ってくる。
マネージャーの芝原志保だった。
「はい、一回深呼吸!」
両手を広げて、二人の前に立つ。
「ほら、吸ってー、吐いてー」
「……何やってんだお前」
上田が呆れたように言う。
「空気、重すぎ」
志保は、あっさり返した。
「見てるこっちが苦しいんだけど」
一瞬だけ、間ができる。
志保は、そのまま二人を交互に見た。
「で?」
「結局、何でケンカしてんの?」
「ケンカじゃねえ」
上田が言う。
「意見の違いだ」
「同じだよ」
即答だった。
「どうせ“どっちが正しいか”でしょ?」
二人が、少しだけ黙る。
志保は、ふっと笑った。
「どっちも正しいじゃん」
「は?」
上田が眉をひそめる。
「上田はさ、一人で抑えたいんでしょ?」
「……当たり前だ」
「白石は?」
「勝ちたいだけだ」
「ほら」
志保が、肩をすくめる。
「同じじゃん」
一瞬、言葉が止まる。
「手段が違うだけで」
志保は、少しだけ真面目な顔になった。
「目的は同じでしょ?」
その言葉が、静かに落ちる。
上田が、視線を逸らす。
白石も、何も言わない。
「だったらさ」
志保は、少しだけ笑った。
「組めばいいじゃん」
「一人で投げたい人と」
「勝つために何でもやる人」
「めちゃくちゃ強そうじゃない?」
沈黙。
そして。
板橋が、吹き出した。
「……確かに」
周りからも、小さな笑いが漏れる。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
上田が、ため息をついた。
「……簡単に言うな」
「簡単だよ」
志保は、あっさり言う。
「だってさ」
白石を見る。
「この人、ちゃんと考えてるし」
上田を見る。
「この人、ちゃんと投げられるし」
「足りないとこ、埋めればいいじゃん」
風が、吹く。
上田が、ゆっくりと白石を見る。
「……一つだけ聞く」
「なんだ」
「お前、本気で勝てると思ってんのか」
白石は、少しも迷わなかった。
「ああ」
「お前とならな」
その言葉に。
上田は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……変なやつだな」
「今さらかよ」
志保が、満足そうに頷く。
「はい、解決」
「してねえよ」
上田が即ツッコミを入れる。
そのやり取りに、笑いが起きる。
グラウンドの空気が、完全に変わっていた。
(……やっぱすげえな)
板橋が、小さく呟く。
人を繋ぐのは。
言葉じゃない。
“間”だ。
そして。
その中心にいるのが――
芝原志保だった。




