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第4話「一人で投げるもの、じゃない」

翌日のグラウンドは、少しだけ違っていた。


 


「おい白石、もう一回あの球見せてくれよ」


 


「スローボールってどうやって投げてんの?」


 


 


声が、増えている。


 


 


(……分かりやすいな)


 


 


昨日までは、誰も寄ってこなかった。


 


 


それが今は、この通りだ。


 


 


 


白石は、軽く肩を回す。


 


 


「見せるだけだぞ」


 


 


「いいいい!」


 


 


 


キャッチボールの距離。


 


 


軽く腕を振る。


 


 


低い位置から、横へ。


 


 


――シュッ


 


 


ボールが、わずかに沈みながら外へ逃げる。


 


 


「おお……」


 


 


 


素直な反応。


 


 


 


(まあ、高校生ならそうなるか)


 


 


 


プロでは通用しても、“特別”ではない。


 


 


だが、このレベルなら十分武器になる。


 


 


 


「もう一球」


 


 


今度はスローボール。


 


 


腕の振りは同じ。


 


 


――ふわり


 


 


 


「遅っ!」


 


 


 


笑いが起きる。


 


 


 


だが、その目は真剣だ。


 


 


 


 


「それ、試合で使っていいのか?」


 


 


 


板橋が聞いてくる。


 


 


 


「使えるから投げてる」


 


 


 


「マジかよ……」


 


 


 


 


少しだけ、空気が変わる。


 


 


 


 


“弱いチーム”の空気から、


 


 


“何かできるかもしれない”空気へ。


 


 


 


 


だが――


 


 


 


 


「……」


 


 


 


 


その外に、一人。


 


 


 


 


上田が立っていた。


 


 


 


 


何も言わず、ただ見ている。


 


 


 


 


 


(納得してないな)


 


 


 


 


 


当然だ。


 


 


 


 


“投手は一人で投げるもの”


 


 


 


 


それが、あいつの考えだ。


 


 


 


 


 


「白石」


 


 


 


 


 


声が飛ぶ。


 


 


 


 


 


監督――上林。


 


 


 


 


 


「少し来い」


 


 


 


 


 


 


ブルペンへ。


 


 


 


 


 


キャッチャーが座る。


 


 


 


 


 


「昨日のを、もう一度見せろ」


 


 


 


 


 


頷く。


 


 


 


 


 


セット。


 


 


 


 


 


一球目。


 


 


 


 


 


スライダー。


 


 


 


 


 


「……ほう」


 


 


 


 


 


監督の目が細くなる。


 


 


 


 


 


二球目。


 


 


 


 


 


スローボール。


 


 


 


 


 


「面白いな」


 


 


 


 


 


三球目。


 


 


 


 


 


シュート。


 


 


 


 


 


内へ食い込む。


 


 


 


 


 


キャッチャーが思わず体を引く。


 


 


 


 


 


 


「……使える」


 


 


 


 


 


静かな一言。


 


 


 


 


 


だが。


 


 


 


 


 


「ただし」


 


 


 


 


 


続いた。


 


 


 


 


 


「右打者には通用しないな」


 


 


 


 


 


図星だった。


 


 


 


 


 


「はい」


 


 


 


 


 


短く答える。


 


 


 


 


 


 


監督は頷く。


 


 


 


 


 


「なら役割は決まる」


 


 


 


 


 


 


振り返る。


 


 


 


 


 


グラウンドの方を見ながら言った。


 


 


 


 


 


「左打者専用――ワンポイントだ」


 


 


 


 


 


 


空気が、一瞬止まる。


 


 


 


 


 


 


「試合中、左が出たら使う」


 


 


 


 


 


「それ以外は一塁だ」


 


 


 


 


 


 


 


シンプルな起用。


 


 


 


 


 


 


だが――


 


 


 


 


 


(それでいい)


 


 


 


 


 


 


全部はいらない。


 


 


 


 


 


 


一つでいい。


 


 


 


 


 


 


「やれます」


 


 


 


 


 


 


即答した。


 


 


 


 


 


 


 


そのとき。


 


 


 


 


 


「待ってください」


 


 


 


 


 


 


低い声。


 


 


 


 


 


 


振り向く。


 


 


 


 


 


 


上田だった。


 


 


 


 


 


 


「そんな使い方、必要ないです」


 


 


 


 


 


 


まっすぐな視線。


 


 


 


 


 


 


「俺が投げます」


 


 


 


 


 


 


「全部」


 


 


 


 


 


 


 


空気が張り詰める。


 


 


 


 


 


 


(来たな)


 


 


 


 


 


 


監督は、少しだけ考える。


 


 


 


 


 


 


「昨日の試合、左に打たれていたな」


 


 


 


 


 


 


「……次は抑えます」


 


 


 


 


 


 


即答。


 


 


 


 


 


 


迷いがない。


 


 


 


 


 


 


だが――


 


 


 


 


 


 


白石は、一歩前に出た。


 


 


 


 


 


 


「抑えられない」


 


 


 


 


 


 


 


場が凍る。


 


 


 


 


 


 


「何だと」


 


 


 


 


 


 


上田の声が低くなる。


 


 


 


 


 


 


「角度がない」


 


 


 


 


 


 


「球は速い。でも軌道が素直だ」


 


 


 


 


 


 


「左は合わせてくる」


 


 


 


 


 


 


 


淡々と告げる。


 


 


 


 


 


 


 


「じゃあどうすんだよ」


 


 


 


 


 


 


 


一歩、詰め寄られる。


 


 


 


 


 


 


 


白石は、迷わなかった。


 


 


 


 


 


 


 


「俺が消す」


 


 


 


 


 


 


 


静かな一言。


 


 


 


 


 


 


 


「左だけでいい」


 


 


 


 


 


 


 


 


沈黙。


 


 


 


 


 


 


 


上田の拳が、わずかに震えている。


 


 


 


 


 


 


 


だが。


 


 


 


 


 


 


 


すぐには反論しなかった。


 


 


 


 


 


 


 


(揺れてるな)


 


 


 


 


 


 


 


その事実だけで、十分だった。


 


 


 


 


 


 


 


監督が口を開く。


 


 


 


 


 


 


 


「決まりだ」


 


 


 


 


 


 


 


「白石はワンポイントで使う」


 


 


 


 


 


 


 


 


その瞬間。


 


 


 


 


 


 


 


このチームの野球が、少しだけ変わった。


 


 


 


 


 


 


 


 


だが――


 


 


 


 


 


 


 


白石は、気づいていた。


 


 


 


 


 


 


 


(このままじゃ、通用しなくなる)


 


 


 


 


 


 


 


一度見せた球。


 


 


 


 


 


 


 


対策される。


 


 


 


 


 


 


 


 


(次を考えないと)


 


 


 


 


 


 


 


 


グラブを握る。


 


 


 


 


 


 


 


 


“繋ぐ野球”は、まだ完成していない。


 


 


 


 


 


 


 


 


そして――


 


 


 


 


 


 


 


 


次の試合は、もうすぐそこまで来ていた。

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