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第3話「左だけは、消せる」

挿絵(By みてみん)


次の練習試合に唐突にチャンスは巡ってきた。


マウンドに立った瞬間――違和感が消えた。


 


(……ここだ)


 


足の裏に伝わる土の感触。

傾斜。距離。捕手までの間。


 


全部、知っている。


 


体は違うのに、“投げる場所”だけは同じだった。


 


 


「白石、本当にいけんのか?」


 


キャッチャー久保の声が飛ぶ。


 


 


「左だけでいい」


 


 


短く返す。


 


 


ベンチからはざわめき。


 


 


「マジで投げるのかよ」

「ファーストだろあいつ……」


 


 


関係ない。


 


 


(左打者だけ、消せばいい)


 


 


それが、俺の仕事だった。


 


 


 


打席には、相手の三番。


 


左打者。


 


 


(まずは様子見)


 


 


サインを確認する。


 


 


初球――ストライクゾーン外。


 


 


腕を振る。


 


 


低い位置から、横に滑るように。


 


 


――シュッ


 


 


ボールは、外へ逃げた。


 


 


「ボール!」


 


 


 


(いい)


 


 


指にかかる感覚は悪くない。


 


 


だが――


 


 


(体が軽い)


 


 


プロのときより、明らかに出力が足りない。


 


 


球速も、たぶん120キロ前後。


 


 


 


(それでも)


 


 


角度があれば、打てない。


 


 


 


二球目。


 


 


同じ軌道で――内へ。


 


 


――カンッ


 


 


ファウル。


 


 


 


バットの先。


 


 


完全にタイミングを外している。


 


 


 


(見えてないな)


 


 


 


三球目。


 


 


スローボール。


 


 


腕の振りだけ速く。


 


 


――ストン


 


 


 


空振り。


 


 


 


「ストライク! バッターアウト!」


 


 


 


三振。


 


 


 


 


静寂。


 


 


 


そして――


 


 


 


ざわめきが広がる。


 


 


 


「今の何だ……?」

「遅くね?」

「いや、なんか変だぞ」


 


 


 


 


白石は、何も言わない。


 


 


 


ただ、次の打者を見る。


 


 


 


 


(もう一人)


 


 


 


 


 


ベンチの空気が変わっているのが分かる。


 


 


 


 


だが――


 


 


 


 


「なあ今の……」


 


 


 


誰かが、ぽつりと言った。


 


 


 


 


「変じゃね?」


 


 


 


 


「変っていうか……」


 


 


 


 


言葉を探すような間。


 


 


 


 


そして。


 


 


 


 


「どっかで見たことある投げ方だな」


 


 


 


 


 


白石の指先が、わずかに止まる。


 


 


 


 


(……やめろ)


 


 


 


 


次の一球。


 


 


 


低い位置から、横へ流す。


 


 


 


 


「……似てる」


 


 


 


 


今度は、はっきりした声。


 


 


 


 


「プロの……誰だっけ」


 


 


 


 


 


その名前は、出なかった。


 


 


 


 


だが――


 


 


 


 


胸の奥が、ざわつく。


 


 


 


 


(考えるな)


 


 


 


 


今は、投げるだけだ。


 


 


 


 


 


二人目。


 


 


 


 


同じく左。


 


 


 


 


結果は――三振。


 


 


 


 


三人目。


 


 


 


 


詰まらせて内野ゴロ。


 


 


 


 


チェンジ。


 


 


 


 


 


ベンチに戻ると、空気が一変していた。


 


 


 


 


「すげえじゃん白石!」

「何だよ今の!」


 


 


 


 


板橋が近づいてくる。


 


 


 


 


「なあお前、あんなのいつから投げられた?」


 


 


 


 


「さあな」


 


 


 


 


適当に返す。


 


 


 


 


 


そのとき。


 


 


 


 


視線を感じた。


 


 


 


 


上田だ。


 


 


 


 


何も言わない。


 


 


 


 


ただ、じっと見ている。


 


 


 


 


 


(納得してねえな)


 


 


 


 


 


だが、それでいい。


 


 


 


 


 


 


――その後も。


 


 


 


 


左打者が出るたびに、マウンドへ。


 


 


 


 


抑える。


 


 


 


 


また抑える。


 


 


 


 


 


完全に封じた。


 


 


 


 


 


(いける)


 


 


 


 


手応えはあった。


 


 


 


 


 


だが。


 


 


 


 


 


「――打ったァ!」


 


 


 


 


右打者。


 


 


 


 


真ん中付近の球。


 


 


 


 


弾き返される。


 


 


 


 


外野の頭を越える。


 


 


 


 


長打。


 


 


 


 


 


「っ……」


 


 


 


 


 


分かっていた。


 


 


 


 


 


(右には通用しない)


 


 


 


 


 


軌道が見やすい。


 


 


 


 


角度も甘い。


 


 


 


 


 


完璧じゃない。


 


 


 


 


 


ただの“限定的な武器”だ。


 


 


 


 


 


ベンチに戻る途中。


 


 


 


 


上田と目が合う。


 


 


 


 


 


「……どうした」


 


 


 


 


 


低く、言われる。


 


 


 


 


 


「左しか抑えられねえのか」


 


 


 


 


 


挑発。


 


 


 


 


 


だが。


 


 


 


 


 


白石は、視線を逸らさなかった。


 


 


 


 


 


「それで十分だ」


 


 


 


 


 


 


一瞬、空気が止まる。


 


 


 


 


 


「繋げばいい」


 


 


 


 


 


 


その言葉に。


 


 


 


 


 


上田の眉が、わずかに動いた。


 


 


 


 


 


 


(全部じゃなくていい)


 


 


 


 


 


 


その考えは、まだこのチームにはない。


 


 


 


 


 


だが――


 


 


 


 


 


(変える)


 


 


 


 


 


 


白石は、静かにグラブを握り直した。


 


 


 


 


 


 


“左だけは、消せる”


 


 


 


 


 


その事実が。


 


 


 


 


 


このチームを変える、最初の一手になる。

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