第2話「投げろと言われた気がした」
グラウンドに、乾いた音が響く。
――カンッ。
白石寛人の体で、その音を聞くのは二度目だった。
(……遅いな)
思わず、そう思った。
外野へ抜けていく打球。
足は動かない。
反応が遅れている。
(違う)
遅いんじゃない。
(見えてるのに、体が追いついてない)
プロの感覚と、高校生の体。
そのズレが、はっきりと分かる。
「おい白石! 何やってんだ!」
ベンチから怒号が飛ぶ。
「す、すいません……」
口が勝手にそう言った。
(ちげえだろ……)
心の中で舌打ちする。
試合は、そのまま押し切られて終わった。
整列。
礼。
「……チッ」
誰かが舌打ちする。
「また負けかよ」
その空気は、慣れているものだった。
弱いチーム。
それが、西北高校野球部の現実だった。
「お疲れ」
板橋が軽く声をかけてくる。
「今日もダメだったな」
「ああ……」
適当に返す。
だが、頭の中では別のことを考えていた。
(このチーム……勝つ気あんのか?)
配球も単調。
守備位置も甘い。
何より――
(左打者、全然抑えられてねえ)
今日の試合。
左打者に好き放題打たれていた。
原因は明確だ。
(角度がない)
上田の球は速い。
だが、軌道が素直すぎる。
プロなら、完全に狙われるタイプだ。
(もし俺が投げたら――)
そこまで考えて、止まる。
(……何考えてんだ)
今の自分は、ただの一塁手だ。
投げる立場じゃない。
「おい白石」
低い声。
振り向くと、上田が立っていた。
エース。
このチームの中心。
「さっきの守備、何だ」
睨まれる。
「……わりぃ」
「謝ってんじゃねえよ」
一歩、詰め寄られる。
「やる気あんのかって聞いてんだよ」
その言葉に――
カチン、ときた。
「……おまえこそ」
気づけば、口が動いていた。
「左、抑えられてないだろ」
空気が止まる。
板橋が「おい」と小さく止める。
だが、もう遅い。
「なんだと?」
上田の目が、鋭くなる。
「見てりゃ分かる」
止まらない。
「変化球は真っ直ぐと同じ軌道。そりゃ打たれる」
一瞬の沈黙。
そして――
「……なら、お前が投げてみろよ」
低く、吐き捨てるように言われた。
その言葉に。
白石――夢原は、わずかに目を細めた。
(いいのかよ)
心の奥で、何かが動く。
「やらせてくれ」
はっきりと、言った。
周囲がざわつく。
「は?」
「投げる」
もう一度、言う。
上田は、しばらく無言で睨んでいた。
そして――
「ふざけんな」
吐き捨てた。
「投手はな、一人で投げ切るもんだ」
「遊びじゃねえんだよ」
その言葉。
だが――
白石は、引かなかった。
「全部背負う必要はない」
ぽつりと、言う。
「繋げばいい」
その瞬間。
空気が、変わった。
上田の表情が、わずかに揺れる。
だがすぐに、顔をしかめた。
「……勝手に言ってろ」
そう言って、背を向ける。
だが。
その足は、完全には踏み出さなかった。
「面白いじゃないか」
後ろから、声がした。
監督――上林だった。
「白石」
「一度、見せてみろ」
静かな一言。
グラウンドの空気が、再び動き出す。
(来たか)
白石は、ゆっくりと拳を握った。
体は違う。
だが――
投げ方は、知っている。
あの低い角度。
あの軌道。
左打者を殺すためのフォーム。
(やってやる)
その目に、迷いはなかった。
――こうして。
白石寛人の“投手としての物語”が、始まる。




